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「モフ子と森の虹」

雨あがりの森。

空に大きな虹がかかりました。

モフ子は空を見上げて、「きれい」とつぶやきます。


同じように森で、その虹を見ていた子猿がいます。

子猿は雨あがりの空にかかった虹を見て叫びました。

「なんてきれいなんだ。これはぼくのものにしてやる!」

子猿は、あの虹をつかまえて自分のものにしようと考え、虹が出ている方向に向かって走り出しました。


「もうすぐつかめるぞ!」

虹が出ている近くまできた子猿は、もう少しだと手をのばそうとしますが、掴むことはできません。

しかし、不思議なことに、虹に近付いて行くと、そこには何もなく、近づけば遠ざかるばかりです。


森の中を探し続けた子猿は、とうとう疲れてしまいました。

やがて虹は、ゆっくりと消えていきます。


子猿はポロポロと涙をこぼしました。

「ぼくが見つけた虹が、消えてなくなってしまった」


その光景を見ていたモフ子が、やさしく子猿に言いました。

「虹はあるようでないものなの。自分のものにしようとしてもできないわ」

子猿は涙をぬぐい、モフ子を見つめて言いました。

「どうして虹は、つかまえることができないの」


モフ子は、虹についてやさしく説明します。

「虹は形じゃないの。雨のつぶにお日さまの光が当たって、色が分かれてあのように見えているの」

モフ子の言葉に、子猿は不思議そうな顔をします。

「虹という光が、あなたの目に届いて見えているだけだから、あなたが動くと、光の虹もいっしょに動いちゃうわ」


「いくら虹のありかを探しに行っても、虹はどこかにあるわけじゃなく、水や空気や光の条件が揃ってできるのよ」

子猿は不思議そうな目を向けます。

「虹そのものを自分のものにしようとしても、虹は色々な条件が合わさってできていることから、つかまえることはできないわ」

子猿は涙をふき、静かに空を見上げました。

虹ははっきり見えていたのに、実体がないということを聞かされても、子猿はすぐには納得することはできませんでした。


「でも、実際に虹は見えていたのに、ほんとうに存在しないなんて、わからないよ……」

モフ子はにっこりして、空の雲を指さしました。

「ほら、あの雲を見て。大きなかたまりに見えるけど、水のつぶが集まっているだけ。だから、風がふけば、すぐに形が変わってしまうでしょ」

「たしかに……さっき丸かったのに、いまは細長くなっている」


「わたしたちの体も同じよ。空気や水や食べもの、森の恵みが集まって、いまの形が作られているの」

「じゃあ、ぼくも……虹や雲と同じなの?」

モフ子は大きくうなずきました。

「そう。世の中のものは実体があるように見えるけど、条件が変われば、すぐに変化したり無くなったりしてしまうわ」


モフ子は子猿にやさしく言いました。

「実体がないっていうのは、消えてなくなることじゃないの。みんな変化しながら、つながっているってことよ」

生も死も、花が咲いて散るのも、川が流れるのも、みんな条件が出会って変わっていく。

「それは避けられないことだから、私たちはただ、その流れを受け入れて生きていくしかないということよ」


「そしてね、それを受け入れたときにこそ、ほんとうの世界が見えてくるの。その世界は、ただそのままのすがたで広がっているということよ」

子猿は静かに空を見上げました。

「すべてを受け入れた時に、苦しみから自由になるってことなの」

モフ子の周りの森には、なぜか清々しさが漂っていました。

補足のことば

このお話で語られる「空(くう)」とは、なにもないということではありません。

虹や花や木の実のように、目で見たり手にとれたりするものも、じつは水や光や土や空気など、たくさんの条件が出会って、はじめてその姿を見せているのです。

だから「ほんとうに変わらないもの」と思いこむと、失ったときに心は苦しくなります。

けれど、すべてはめぐりあいの中で生まれ、変わりつづけていると知れば、変化も受け入れることができます。

――そのとき心は、執着や苦しみから少しずつ自由になっていくのです。

これは、実際にあるものをないものと思えということではありません。

虹や雲のように、現象として捉えることで、心に起こる執着から解放されるということを知ってもらいたいということです。