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自分にしか書けへんブログって何やろ〈後編〉|おっちゃんが語る行動につながる言葉のチカラ

翌日もまた、アキコが静かに喫茶店に入ってきた。

昨日と同じ席に座り、いつものように朝からスポーツ新聞を読んでいたおっちゃんにぺこりと頭を下げる。

タケルが「昨日の話、どうやった」と、水を持ってきて声をかけると、アキコは少し照れたように笑った。

「帰ってから、紫陽花の絵、もう一枚描いてみたんです。今度は、私のおばあちゃんに見せたいって思いながら」

おっちゃんはうれしそうにうなずいた。

絵を描くにしてもブログを書くにしても、自分の気持ちを表現するという事が大事なことであるけど、それを、誰かに届けるという気持ちがなければ完成とは言えないんや。

作品は誰かの背中を押すということ

タケルがぽつりとつぶやいた。

「俺も、誰かの背中押せるような記事書いてみたいなあ……」

「押したる押したる!」とおっちゃんは笑った。

そやけどな、背中を押すって、なんぼ力入れてもあかん、そっとでええんや。

絵にしてもブログにしても、感動の押し付けはあかん。

紫陽花の花が綺麗だった、だからあんたも綺麗に思うやろではなく、紫陽花のありのままを描くことで、人はその絵を見て感動する。

つまり相手に感動を伝えるには、紫陽花の生命力だったり躍動感だったり、自分が感じたことをそのまま伝えることが大事なんや。

ブログの場合は、あなたも大丈夫やで一緒にがんばろなって、そんな気持ちをこめて書いたらええんや。

どんなに小さな気持ちも、誰かにとっては大きな力になる

たとえばな、朝から気分がどんよりしてた人が、タケルのブログを読んで、疲れたら休んでいいんやでという事を聞いてホッとする人がおる。

なんか挑戦したいけど勇気出えへん人には、あんたならできるって書いてあるだけで、一歩踏み出す勇気を与える事ができる。

タケルがこの前な、「おっちゃん、アクセス数全然伸びへん…」って落ち込んどったけど、おっちゃん、こう思うんや。

タケルが書いたブログを読んで救われた人が一人でもおったら、もうそれは大成功やないか。

バズらんでもええ、収益ゼロでもかまへん。

たった一人の心に届いたら、それはタケルにしか書けへんブログを書いたということや。

そして、それが一人から二人へと次々と繋がっていけば、いつかは大きく広がる事になる。

だから大事なことは、誰にも言えん悩みを抱えとる人が、タケルのブログを読んで「私だけやなかったんや」ってホッとすることだったり、もう少し頑張ってやってみようかなって思ってくれたら、それはすごいことなんやで。

あなたの言葉で救える人がいる

そやからタケルにアキちゃん、あんたらには、あんたらの絵とか言葉で表現することがあるんや。

たとえ下手でも、たとえ誰も読んでへんように思っても、それが誰かの救いや癒しになることもある。

ほんでな、これだけは覚えといてほしい。

自分の言葉で、自分のことをまっすぐ書けるのは、自分だけなんや。

うまい文章なんて、今はAIがいくらでも書ける。

でもな、タケルが生きてきた道、悩んできたこと、乗り越えてきたことなど、それは誰にも真似できへん。

同じテーマを書いても、その人の視点ってのがにじみ出てくる。

読者が求めてるんは、まさにそのことなんや。

ブログで届けたい気持ち

誰かに読んでほしい、少しでも力になりたい、そういう誰かを思う気持ちがあると、自然と文章にあたたかさが生まれてくるんや。

読者の心を動かすのは、上手な文章やのうて、書く人の真実の声なんや。

人の心を動かす文章は、きれいな言葉でも完璧な文章でもない。

この人、ほんまに私と同じように悩んでたんだとか、この人の言うてることもっともやと思われることが、それは気持ちのこもった文章やからや。

ブログは商品紹介でも日記でもええ。

でもそこに、誰かの役に立ちたい、誰かを元気づけたいって気持ちがあればそれでいいんや。

それが自分にしか書けへんブログやったり絵という作品であることやから、そこのところを忘れないことや。

ブログは行動を促すもの

おっちゃんは、ゆっくりとコーヒーのカップを置いて、アキコとタケルに語りかけた。

せやからな、ブログってのは、ただ読んでもろたらええんとちゃう。

ほんまは、読んだ人の心をちょっとだけでも動かすもんなんや。

タケルが首をかしげる。

「動かすって、どういうこと」

たとえばやで、それまで何かやる勇気がなかったのに、一歩踏み出してみようかなって思うようになるとか。

私には無理やって思ってた人が、もしかしたらできるかもって、やってみようと思ってくれたらバンバンザイや。

読んだ人の気持ちに、ほんの小さな変化を起こすことが行動を促すってことで、その力は絵にもブログにもある。

アキコが、小さくうなずいた。

「私たちがやろうとした事が、誰かの頑張ろうって思えるような、きっかけになるってことですね」

行動のきっかけは、大げさな言葉じゃなくてええ

言葉でああせいこうせいと説教するようなものでなく、読んだ者の心を自然と動かすことが大事なんや。

ほんの小さなキッカケが、できさえすればいいんや。

紫陽花の絵を見たもんが、心が晴れ晴れとしてくれたらそれだけで感動もんや。

昨日より5分早起きしてみたとか、スーパーのレジで『ありがとう』って言えたとか、そんなふうに、小さなことを書いてる記事でも、誰かの背中を押すことはできる。

タケルが笑って言うた。

「そんなことでええんかいな」

「ええんや。それでええ」

と、おっちゃんは笑って言った。

人はな、誰かの日常に共感したとき、自分にもできるかもしれんって思えるんや。

それが、読んだもの見たものに行動を起こさせるということなんや。

あなたが動いたから誰かも動く

ブログを書くってこと自体がタケルの行動なんや。

誰にも見られてへんかもしれん、アクセスも少ないかもしれん。

でもブログを書くという行動をタケルは起こしている。

その姿に、救われる人が絶対おる。

人は、他人の行動を見て、この人も頑張ってるんやったら、自分もやってみようかなってなる。

だから、タケルが一生懸命に自分の気持ちを届けようとして文字を打っているだけでも、その行動を見た人が自分も何かしようと考えるんや。

ブログはな、タケルが一歩動いた記録が、誰かの背中を押す力になるもんなんや。

そして、背中を押された人が、その人が動くことでまた誰かの背中を押していく。

池に投げた石の水紋と同じで、行動は目に見えへん形で、誰かの人生を少しずつ変えていく力を持っとるんや。

だから、タケルがブログを書こうと思っただけで、誰かの背中をそおっと押していることになる。

背中を押すブログを書いていこう

おっちゃんは、コーヒーの最後のひと口を飲み干しながら、静かにこう締めくくった。

ブログにしても絵にしても、叫ばんでも押し付けんでもええ。

ただ、自分の気持ちがそっと誰かの背中を押してあげる事ができるという意識で作品を描くことで、ほんまに誰かの心を動かす力があるもんなんや。

せやから、自信なくてもええ、うまく書けんでもええ。

心を込めて書くことだけは、忘れんといていれば、ブログにしても絵にしても、あんたらが思ってる以上に、誰かの力になっているということや。

せやから、これからも自分の言葉や気持ちを大切にして、自信を持って前に進むことや。

そうすれば、誰かをちょっとだけ背中を押すことになるんや。

なんか疲れたんで、この続きはまた明日な。

次回は「読者との共感がつながりを生む」ことについてお話しします。

【登場人物が分からない方はこちら】→ 大阪のおっちゃんと仲間たち

ブログの記事の書き方については、次のブログを参考にしてください。

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