江戸時代にも、大人が笑って楽しむ絵本がありました。
それが「黄表紙(きびょうし)」です。
黄表紙は、絵と文章を組み合わせた、江戸時代の大衆娯楽でした。
その黄表紙を発展させた人物が、山東京伝(さんとうきょうでん)です。
私は、京伝の作品を実際に眺めてみて、思いがけない面白さを発見しました。
くずし字が読めなくても、絵だけで、なんとなく笑えてくるのです。
山東京伝は絵も文章も書ける作家だった
大人向けの黄表紙を切り拓いたのは、武士の恋川春町でした。
そして、その面白さをさらに発展させたのが、江戸の町人だった山東京伝です。
京伝は、北尾政演という名前で活躍する浮世絵師でもありました。
つまり、絵も描けて、物語も書ける人だったのです。
京伝は、江戸の流行や町人の暮らしを題材に、言葉遊びや風刺を交えた作品を生み出しました。
その才能に注目したのが、出版業者の蔦屋重三郎です。
二人が協力して出版した代表作が、1785年の『江戸生艶気樺焼』でした。
『江戸生艶気樺焼』はどんな物語なのか
この作品の主人公は、大金持ちの道楽息子、艶二郎(えんじろう)です。
艶二郎は、お世辞にも色男とはいえません。
ところが、本人は自分が女性にもてる男だと思い込んでいます。
どうにかして世間に色男として認められたい。
そのために、次々と馬鹿げた行動を始めるのです。
女性の名前を腕に刺青したり、芸者にお金を渡して、自分に惚れたふりをさせたりします。
しまいには、遊女との心中を装うことまで考えます。
ところが、最後は追い剥ぎに遭い、丸裸にされてしまいます。
実は、これも父親たちが仕組んだ狂言でした。
自分のうぬぼれに気づかない男が、次々と失敗を重ねていく物語です。
今の喜劇にも通じる、なんとも馬鹿馬鹿しい面白さがあります。
くずし字が読めなくても笑える
私は、国立国会図書館のデジタルコレクションで、この作品の原本を眺めてみました。
もちろん、くずし字は読めません。
最初は、何が描かれているのかも、よくわかりませんでした。
ところが、あらすじを知ってから絵を見直すと、少しずつ面白さが見えてきました。
艶二郎の間抜けな顔や、大げさな仕草。
登場人物たちの滑稽な様子が、絵から伝わってくるのです。
二百年以上も昔の作品なのに、思わず笑ってしまいました。
時代が変わっても、人間のうぬぼれや失敗のおかしさは変わらないのかもしれません。
艶二郎は江戸の人気キャラクターだった
艶二郎の特徴は、大きな獅子鼻です。
この鼻は「京伝鼻」とも呼ばれました。
そして、艶二郎という名前そのものが、うぬぼれ屋の代名詞となるほど評判になったのです。
一度きりの主人公ではありません。
その後の京伝の作品にも登場しています。
今でいえば、人気漫画に登場する、憎めない三枚目のような存在でしょうか。
立派でもなければ、格好よくもない。
それでも、失敗ばかりする姿が面白くて、つい見てしまう。
そんな人物が、江戸の人々にも親しまれていたのでしょう。
黄表紙は江戸時代の漫画のような存在
黄表紙について考えていると、一つのことに気づきます。
それは、黄表紙が単なる文学作品ではなく、人々が気軽に楽しむ娯楽だったということです。
江戸時代には、歌舞伎や見世物など、さまざまな楽しみがありました。
また、文字を中心とした小説も読まれていました。
しかし、黄表紙には、絵と文章を一緒に楽しめるという特徴がありました。
一冊の本を囲んで、絵を指さしながら笑う。
そんな楽しみ方もあったのではないでしょうか。
「この男、また馬鹿なことをしているぞ」
「なんとも間抜けな顔だねえ」
そんな会話を交わす江戸の人々の姿を、私は想像してしまいます。
もちろん、実際にどのように読まれていたのかは、さらに調べる必要があります。
それでも、黄表紙には、現代の漫画や喜劇に通じる楽しさがあったと思うのです。
黄表紙から長編の物語へ
やがて、幕府による出版物への取り締まりが厳しくなります。
山東京伝も、洒落本が問題となり、手鎖50日の処分を受けました。
黄表紙が得意とした世の中への風刺も、自由には描きにくくなっていきます。
その一方で、絵入りの読み物は、さらに物語性を強めていきました。
仇討ちや恋愛、怪談などを題材にした、長い物語が人気を集めます。
こうして、何冊もの物語をまとめた「合巻(ごうかん)」が広まっていきました。
絵と文章で人々を楽しませる文化は、形を変えて続いていったのです。
江戸の人々は何を面白がっていたのか
私は、黄表紙を、現代の大人が読む絵本の原点の一つだと考えています。
絵本は、子どもに何かを教えるためだけのものではありません。
大人が笑ったり、驚いたり、物語の世界を楽しんだりすることもできるのです。
山東京伝の作品を眺めながら、その思いがますます強くなりました。
ただ、一つ気になることがあります。
江戸の人々は、艶二郎のどこを見て、何に笑っていたのでしょうか。
絵から伝わる滑稽さだけでなく、文章の中にも、当時の人にしかわからない笑いが隠されているはずです。
そこで今度は、『江戸生艶気樺焼』の現代語訳を手がかりに、物語の中身をもう少し詳しく読んでみたいと思います。