やさしい心は、ときに「弱さ」と思われがちです。
でも、本当のやさしさは、だれかを信じて見守り続ける勇気でもあります。
モフ子とネズミの物語を通じて、やさしさとつよさが重なる瞬間を描きました。

モフ子は、とてもやさしいウサギです。
自分以外の動物たちも、みんなやさしく悪いことはしないと信じていました。
モフ子はどんな時でも、にっこり笑って、まわりの動物たちに優しく接しています。
だから、モフ子は森の中でも人気者です。

ある日、顔見知りではないちいさなネズミが、森のはずれからやってきました。
モフ子はにこにこして、「よかったら、わたしの家でゆっくり休んで行って」と、あたたかいスープをだしてあげました。
「おなかすいた」と、モフ子に言えば、家の中に入れてくれると言われていたからです。

モフ子が料理をしているすきに、ネズミはそわそわとあたりを見回し、モフ子の家のひきだしから、ちいさなアクセサリーを盗みました。

すぐに、モフ子はなくなったアクセサリーに気づきました。
しかし、探すこともネズミを問い詰めることも、モフ子はしませんでした。
「どこかに忘れてきたのかな?」と、つぶやくだけでした。
ネズミはドキッとして、ばれない様にモフ子の視線から目をそらすことが精一杯でした。

外で、ネズミをキツネが待ち構えていて、「ちゃんと盗ってきただろうな」 と 、ニヤニヤと話しかけます。
ネズミはこわくてうなずくだけで、アクセサリーを差し出しました。

ある日も、ネズミは木の実を盗みました。
それでもモフ子は笑顔で「欲しいならあげるわ」と言うのです。
ネズミは胸が痛みました。
「なぜ何も言わないんだろう…」

そのようなことが 何日かつづいたころ、森のどうぶつたちが モフ子に言いました。
「モフ子ちゃん、ネズミを信じちゃだめ」
「モノが無くなるのは、みんなあいつのせいなんだから」
モフ子はすこしさみしそうな目をして、こう言いました。
「でもね、信じるってとても大事なことなの。本当にネズミさんなら、いつか改心してくれるはずよ」
モフ子の言葉に、動物たちはみんなあきれてしまうのでした。

動物たちの話を聞いていたネズミは、モフ子はぜんぶ知ってて、それなのに自分に優しくしてくれていることに後悔しました。
何も言わずに、見守ってくれていたモフ子に対して、ネズミは心の奥で、なにか申し訳ない気持ちでいっぱいになったのです。

モフ子たちが、盗んだことを知っていることを、ネズミはキツネに話しました。
キツネは、そのことを聞くと、「こうなったら森の入り口にごみをまき散らして、逃げるとするか」と言いました。
「そのようなことをしたら、みんなが迷惑するよ」
「なんだよ、あのうさぎにほだされたのか?」
ネズミの心はゆれています。
モフ子のやさしさを裏切ることはできないからです。

やがてネズミは、キツネに利用されていることに気づきます。
ネズミは勇気を出して、「ぼくはもうこんなこといやだ」と、はっきりとキツネに言ったのです。
「なまいきなこと言うな」
キツネは、ネズミを殴ろうとしました。
そこへ、モフ子やサルや鹿などの森の動物たちが飛んできたのです。
「暴力はやめろ」
動物たちは口々に大きな声で叫びました。
驚いたキツネは、一目散に逃げていったのです

星がすこしずつ瞬きはじめるころ、ネズミがぽつりとつぶやきました。
「やさしさは、つよさといっしょなんだね。ぼく、やっと勇気を出して言えた」
夜の風が ゆっくりと葉をゆらします。
「なんで僕を信じてくれたの」
ネズミの問いかけに、モフ子は、空を見上げたまま答えました。
「人はだれでも弱さに負けることがあるわ。でも、あなたは弱さに流されない強さを心の中に持っていると感じたの。だから私は、あなたを信じたのよ」
ネズミは、そっと目をとじました。
こころの奥に、あたたかい光がともしびのように灯ったことに気がついたのです。
あとがき
やさしさは、ただ相手を甘やかすことではありません。
信じて待つこと、見守ること、そして必要なときに勇気を出すこと。
それは、弱さではなく強さの証です。
人は、誰かにやさしくされることで、自分の中に眠っていた真理に気づきます。
モフ子のように相手を信じて、見守ることこそ真の強さなのです。