
森の中で、子リスのチコはいつも木の上から下を見ていました。
他のみんなは、枝先に移動して、枝から枝へ元気に走り回っています。
でもチコは怖くて、そのようなことができませんでした。

チコは木の上で、小さくなっていました。
「どうして自分はこんなに臆病なんだろう」
他のリスたちが、面白そうに森を走り回るのを見ていると、チコは悲しくなりました。

悲しそうにしているチコのところへ、通りかかったモフ子が並んで座ります。
「何かあったの?」
モフ子の言葉に、チコは悲しみに堪えるように、
「みんなみたいに、積極的になれない臆病な自分が嫌なんだ」

リスの悩みを聞いたモフ子でしたが、何も言わずに一緒に森を見ていました。
その時でした。
森の向こうから、大きな声が聞こえてきました。

先ほど、枝を飛び回っていたリスが、足を滑らせて木の上から落ちてしまったのです。

怪我をして、仲間に支えられながら帰って行くリスを見ながら、
「僕だったら、あの枝の先なんて怖くて渡れなかった」
チコの言葉に、モフ子は言います。
「怖いと感じる心が、自分を守ってくれているんだよ」

モフ子は、リスのチコに向かって言います。
「積極的だから良くて、臆病が悪いわけじゃないんだ。どちらも、その子らしさなんだと思うよ。積極的な子は活発かもしれないけれど、あのように無理をして怪我をする。チコのように、無理をしない子は、怪我をする前に辞めてしまう」
リスのチコは頷きました。
「だから、どちらがいいということではなく、チコがチコであることが、一番大切なんじゃないかな」

「臆病な、僕でも良いということ・・・?」
「そうだと思うよ。みんながみんな同じである必要はないんだ」
リスの顔に、輝きが戻ってきました。

その日からリスのチコは変わりました。
積極的になったわけではありません。
臆病がなくなったわけでもありません。
無理をして、枝の先に行かなくても、木の上から森を眺める自分を、前より少し好きになれた気がしたのです。
「もっと積極的になりなさい」「どうしてそんなに臆病なの?」
私たちはつい、行動的であることを良いこととし、消極的であることを直すべき欠点だと思ってしまいがちです。
でも、臆病であるということは、危険を察知する能力が高いということです。
慎重であるということは、物事を深く考えられるということです。
動かないでじっと見ているからこそ、見つけられる景色があります。
また、積極的な子には、その子の活動的な良さがあります。
どちらが正しいということではなく、どちらも必要な個性なのです。
自分の「らしさ」を無理に変えようとするのではなく、「これも自分を守る大切な力なんだ」と受け入れることで、本当の強さが育っていくのだと思います。