
75歳という年齢を迎え、ふとした瞬間に「あぁ、歳をとったな」と実感する場面が増えてきました。
若い頃なら駆け上がっていた階段でふうふうと息をついたり、ふと鏡に映る自分の顔のシワの多さに苦笑いしたり。
面白いもので、つい昨日の出来事はすぐに忘れてしまうのに、何十年も前の記憶はまるで昨日のことのようにハッキリと思い出せるのです。
こうした日々のささやかな変化を通じて、老いというものがごく自然なものとして私の日常に溶け込んできました。
人生のあらゆる経験が、絵本を作る題材になる
そんな「老いていく自分」のリアルな感覚を、あえて絵本の題材にしてみようと思いつきました。
なぜなら、自分が身をもって感じている老いの感覚や日々の経験は、他の誰にも真似できない独自の物語になるからです。
絵本の種になるのは、「老い」だけではありません。
これまでの人生で経験してきた、忘れられない別れ、家族との愛おしい時間、今でも胸の奥にチクリと残る後悔、あるいは、どん底の時に誰かにかけられて救われた言葉。
嬉しいことも、思い出すだけでつらい出来事も、すべてが自分にしか描けない絵本を作るための大切な一歩になるのです。
フクロウのおばあさんが、モフ子に伝えたかったこと
私が作った絵本の中に、『フクロウのおばあさんと森の時間』というお話があります。
その中で、年老いたフクロウのおばあさんが、主人公の小さなウサギのモフ子にこんな風に語りかける場面があります。
「歳をとるっていうのは、体はだんだん弱っていくものなんだよ。それを『老いる』というのさ」
不思議そうに首をかしげたモフ子が、「老いるって、死んでしまうことなの?」と尋ねます。
すると、おばあさんは優しく微笑んでこう答えるのです。
「そうだね。命あるものは、みんな歳をとり、いつかは死ぬ。でもね、それは決して悲しいことじゃないんだよ。森の木も土にかえって新しい芽を育てるし、川の水もめぐって雨になる。命もそれと同じで、ぐるぐるめぐっていくんだよ」
「説教」ではなく、読者の心にそっと寄り添う
「いつまで自分の足で元気に歩けるだろうか」「いつか必ず訪れる死を、どう受け止めればいいのか」 年齢を重ねれば、誰しもそんな不安や迷いを抱くものです。
しかし、そうした胸の奥の重いテーマを、正面から直接誰かに語るのはなかなか難しいものです。
でも、絵本という形に託せば、その思いを物語としてやさしく届けることができます。
老いや死について難しく語るのではなく、森の木や川の水といった身近な自然に例える。
決して「説明」や「押しつけ」をするのではなく、読んだ人自身の心で何かを感じ取ってもらう。
それこそが、絵本という表現方法が持つ最大の魅力であり、力なのだと思います。
伝えたい思いがある限り、物語は生まれる
私たちが長く生きてきた中には、言葉ではうまく表現できない複雑な感情や、一人では抱えきれないほどの迷いがたくさん詰まっています。
老いに対する不安や日常の戸惑いも、一見すると個人的な悩みに思えますが、実は多くの人が共通して抱える身近なテーマです。
この「個人的で身近な思い」こそが、絵本にとって最も豊かで価値のある題材になります。
自分だけの悩みだったものが物語となり、誰かの心に届いたとき、それは相手に「考えるきっかけ」をプレゼントすることになるからです。
絵本を作るために、どこか遠くへ特別な題材を探しに行く必要はありません。
これまでの人生を振り返り、「誰かに伝えたい」と思う気持ちがあれば、それがあなただけの絵本を作り始める、素晴らしい第一歩になるのです。