毎日の暮らしの中で、私たちは人とすれ違ったり、出会ったりをくり返しています。
その一瞬に、もしあなたが「笑顔」であいさつできたなら、相手の心にあたたかい灯がともるかもしれません。
笑顔は特別なものではなく、誰でも持っていて、分けあえる贈り物です。
このお話は、ウサギのモフ子が、笑顔であいさつすることで、森のみんなを幸せにしていく姿を描いたものです。

森の朝は、木の葉のすきまから、やさしい光がこぼれています。
ウサギのモフ子は、今日も元気に小道を歩きながら、出会うみんなに、笑顔であいさつをします。

「おはよう!」
「いい天気だね!」
モフ子の声は、森に広がる光のように、やわらかく、あたたかく響きます。

モフ子がいつも笑顔でいられるのは、おじいちゃんの言葉を覚えているからです。
「笑顔はね、何も持っていなくても、誰かにあげられる素敵な贈り物なんだよ」
その言葉を胸に、モフ子は毎日、森のみんなに笑顔であいさつを続けていました。

笑顔のあいさつは、森じゅうにやさしさの音楽が流れるみたいです。
おじいちゃんは、 モフ子に言いました。
「モフ子や、よくやったね。おまえの笑顔のあいさつがひとつのタネになって、みんなを仲良く幸せにしているんだよ」

モフ子は空を見上げて、そっとつぶやきました。
「今日も、たくさんの『ありがとう』と、笑顔をわたすことが できたかな?」
笑顔であいさつしたり、やさしく返事をすると、みんなが幸せな気分になって、自分の心もなんだかぽかぽかとあたたかくなったのです。

いつものように、モフ子は森のみんなに笑顔であいさつをします。
しかし、森のはずれに住むフクロウさんだけは、ムスッとしたまま答えてくれません。
「おはようございます、フクロウさん!」
でもフクロウは何も言わず、ただ静かに枝の上からモフ子を見下ろしています。

それを見ていた小鳥が、小さくささやきます。
「ねぇ、モフ子ちゃん。フクロウさん、いつもムスッとしてるのに、どうしてこっちから毎日あいさつするの?」
モフ子は首をふりました。
「みんな森の仲間だからよ」
モフ子の目はまっすぐで、やさしく信じる気持ちでいっぱいでした。

つぎの日も、そのつぎの日も、モフ子は フクロウにあいさつをします。
フクロウはいつものようにムスッとしたままです。
他の動物たちは、もうほっておきましょうと、みんなだんだんフクロウからはなれていってしまいました。

ある雨の日、傘を持っていなかったモフ子は、家に帰る間、びしょ濡れになってしまいました。
その時に、傘を差し出してくれたのは、いつもムスッとしていたフクロウでした。
「風邪をひくぞ」
フクロウは、はじめてやさしく、ほほえむように言いました。

木の下で雨宿りをしながら、フクロウは、低い声で話し始めました。
「お前の笑顔は、相手を幸せにするな。わしは、昔、友だちから馬鹿にされたように笑われたことがあってな。それからというもの、笑うことは誰かを傷つけることのように思えてしまったんだ」
驚いたように、モフ子は、フクロウに向かって静かに言いました。
「笑顔はね、人を傷つけるためのものじゃないの。反対に、心と心をつなぐためにあるのよ」
その言葉が、フクロウの胸の奥に、やさしくしみこんでいきました。

フクロウは、しばらく黙っていました。
木の葉を打つ雨の音だけが、静かに響いています。
やがて、フクロウは小さな声でつぶやきました。
「おまえの笑顔を見ていると、不思議と心がやさしくなるような気がする。わしは、笑うのがこわかったけど、少しだけ笑ってみたい気がしてきた」

モフ子はうれしそうにうなずきました。
「笑顔は、だれかを幸せにするのよ」
フクロウは、ゆっくりと口元をゆるめました。
それはとても小さな笑顔でしたが、長いあいだ閉じていた心が、ふんわりとほどけるようでした。

そのとき、雲のすき間から、やさしい光が差し込みました。
森の雨がやみ、木の葉から雫がきらきらと落ちます。
モフ子は空を見上げて、そっとつぶやきました。
「笑顔って、自分の心にも相手の心にも、光をともしてくれるの」
フクロウはうなずきながら、
「そうだな……。笑顔は、誰もの心を通わせるものだったんだ」

「ありがとう」「だいじょうぶ?」「よかったね」
そんなやさしい言葉といっしょに、笑顔をわけてあげましょう。
きっと、まわりの人も幸せな気持ちになるはずです。
もし、みんながいつも不平不満や愚痴ばかり言っていたら、世界はつまらなく、悲しい場所になってしまいます。

あなたも、だれかに笑顔をわけてみませんか。
「ありがとう」という言葉に、やさしい笑顔を添えてみてください。
きっとその一瞬が、だれかの心をあたため、あなたの心も、そっと幸せにしてくれるはずです。
あとがき
モフ子の笑顔は、ただ楽しいからではなく、相手を思うやさしい心から生まれました。
そして、どんなに笑えない理由を持つ人にも、寄り添いながら少しずつ心を開いてもらう力があります。
笑顔は、相手を軽んじるものではなく、分かち合うためのものです。
それを受け取ったとき、人は安心し、幸せな気分になります。
今日、あなたも誰かに笑顔を分けてみませんか。
きっと、その一瞬が、相手の心をあたたかくし、あなた自身も幸せにしてくれるはずです。