75歳の私が思う、絵本を書くときのAIとの正しい向き合い方

最近、インターネットを眺めているとこんなうたい文句をよく目にすることがあります。

「AIを使えば、誰でも簡単に絵本が作れる」

「絵本を自動生成して、副収入を稼ごう」

たしかに、AIを単なる「作業を自動化する便利な道具」として割り切ってしまえば、その言葉通りなのかもしれません。

しかし、私はこうした記事を見るたびに、絵本作という本質から遠ざかっていくように感じられてならないのです。

物語の「核心」は、AIではなく人間が生み出すもの

私はこれまで、ブログを通じて40作近い絵本を発表してきました。

その一つひとつの作品には、私自身の「こんなメッセージを伝えたい」「読んでくれた人の心をこんな風に動かしたい」という強い思いが込められています。

物語の血肉となるその「核心」の部分は、決してAIが勝手に生み出したものではありません。

私にとってAIは、頭の中にあるイメージを具体的な形にするために、何度も言葉のキャッチボールをしてくれて、相談相手として頼れるスタッフなのです。

このことは、絵本制作におけるクリエイターとしての核となる部分までを手放してはいけないと、私は常に心に留めています。

「丸投げ」から生まれる作品の危うさ

ところが昨今は、その一番大切な「クリエイターとしての魂」までAIに丸投げし、とにかく作品を量産しようとする風潮が見受けられます。

たとえば、「森のウサギが主人公で、勇気が出るようなお話を書いて」と入力するだけで、AIは一瞬でそれらしい物語と絵を出力してくれます。

しかし、そこに「作者の思い」は存在するかというと、AIが蓄積されたデーターからそれらしいストーリーを作り上げたものなのです。

すべてをAIに任せてしまえば、できあがるのは「誰が作っても同じような、どこかで見たことのある無難な作品」というのが、私の感想です。

作者の情熱や個性が反映されていないため、読者の心に深く響くことはないと思っています。

このことを料理に例えると、レシピ通りに作った、ありふれた味になってしまうのと同じです。

AIがレシピを考えてくれてたとしても、その家の味として、砂糖を少し多めにするとかという、その過程のアレンジされた味が、他の家とは違う飽きない味と言えるのです。

私が一番危惧していること

だからといって、私自身は絵本を作るときに大いにAIに助けられています。

老後の楽しみとして、若いときの夢であった絵本を作れるのは、AIによる画像生成にあるということは、偽らざる気持ちです。

だから、AIを使ってはいけないということではなく、使うなら、作者としてのクリエイターの部分は、しっかり自分で考えないといけないということです

「AIを使えば簡単に儲かる」という表面的なノウハウばかりが広まることで、AIで作った絵本なんて、どうせ中身のない薄っぺらいものといった風潮が広がることがないようにしなければならないのです。

AIは人間の代わりになるものではなく、人間の創造力を引き出し、表現の幅を広げてくれる素晴らしい技術です。

その本来の価値を見失ってほしくないと思っています。

思いがある限り夢は叶う

75歳という年齢を迎えた私が、今これほどまでに豊かな気持ちで創作活動に打ち込めているのは、AIを単なる効率化の道具ではなく、「自分の思いを形にしてくれる大切な相棒」として向き合っているからです。

たとえAIの力を借りていたとしても、そこに自分自身の「伝えたい」という熱い思いとクリエイターとしての気持ちが込められているのなら、それは紛れもない「あなたの本物の作品」となるのです。

便利な技術に溺れることなく、自分の中にある思いを一番大切にする。

それこそが、AI時代における真の絵本作りなのだと私は信じています。