私たちシニア世代が若かった頃、「8ミリ映画」という小型カメラで日常を撮影する趣味が流行したのを覚えていますか。
当時、アマチュア映像作家や愛好家の間では『小型映画』というバイブルのような雑誌がありました。
私もその雑誌のページをめくっては、夢中になって映像の編集を学んだものです。
しかしその後、時代は8ミリフィルムからビデオカメラへと移り変わりました。
テープで手軽に撮影できる便利さを手に入れた反面、私にとっては、かえってあの熱中していた「小型映画」の趣味から遠ざかる結果となってしまったのです。
ビデオカメラがもたらしたもの
当時の8ミリフィルムは非常に高価で、1つのカートリッジで撮影できる時間はわずか3分強という厳しい制限がありました。
「絶対に失敗できない」「無駄回しはしたくない」という制約があったからこそ、事前に構図をじっくりと練り、被写体の動きを予測して、ここぞという瞬間にだけカメラを回すという緊張感があったのです。
それがビデオの時代になり、何時間でもテープを回しっぱなしにできるようになると、皮肉なことにその「一球入魂」のヒリヒリした面白さが消えてしまいました。
そのことが原因ではないかもしれないのですが、いつしか「作品づくり」だったはずの映像趣味は、単なる記録を残すものへと変わり、私にとってはどこか味気ないものになってしまったのです。
映像における編集の面白さ
熱が冷めてしまったもう一つの原因は、「編集作業」の手触りが変わってしまったことにあります。
雑誌『小型映画』で学んだ編集の醍醐味は、スプライサーという道具を使い、フィルムを文字通り「ハサミで切り、専用のセメントやテープで繋ぎ合わせる」という手作業にありました。
自分の手で物語のテンポを直接作り出していくその過程には、まさに「モノづくり」の生々しい手応えがあったのです。
もちろん、ビデオにもダビング編集で音楽やタイトルを入れる面白さはあります。
しかし、ビデオが手軽に長く撮れるようになると、私のカメラは友人の結婚式や、子供の発表会、運動会などを撮影するために使われることが増えていき、あくまで事実を残すための記録として活躍して、映像美に対するワクワク感がどうしても欠けてきたのかもしれません。
そして、いつしか私の趣味としての、自分が思い描く世界を表現する「映像作家としての作品づくり」からは、少しずつ離れていってしまったのだと思います。
失われた面白さが、スマホで復活した
ところが今になって、手元のスマートフォンによって、その失われた「映画づくりの面白さ」が奇跡的に復活しました。
ビデオカメラの時と同じ「手軽に撮れる」という利点ですが、スマホならではの、色々なアングルから細かくカットを刻んで撮ることができるからです。
この手軽さが、かえって「作品づくり」の面白さを思い出させてくれたのです。
それはきっと、大きな機材を担いで「記録係」を務めるという義務感から解放されたからかもしれません。
いつもの散歩道で、ふと見上げた綺麗な空や、季節ごとに表情を変える見慣れた町の風景など、何気ない映像をスマホでサッと撮影し、繋ぎ合わせるだけで、映像作品となる喜びを知りました。
だからこそ私は今、なるべくスマホを持って出かけ、今住んでいる街の何気ない風景をこまめに映すようにしています。
自分の足で歩いて集めた映像を編集し、音楽やナレーションを重ねていく作業は、それは、昔のフィルム編集で味わったあのワクワク感そのものと同じだからです。
単なる記録ではなく、自分なりの「映像美を持った作品」として仕上げていく楽しさが、完全に蘇りました。
さらに、変わりゆく町の風景にAIのナレーションを添えてひとつの映像として残すことは、個人の趣味として楽しいだけでなく、地域にとっても非常に価値のあることだと感じるようになっています。
映像作品としての動画編集
「編集作業なんて、難しくて大変そう…」 最初はそう身構えてしまうかもしれませんが、今の無料編集アプリは本当に優秀です。
行ってみると、それが私たちシニアの「余白のある時間」をこの上ない楽しみに変えてくれるからです。
動画を切ったり繋げたりといった基本操作はもちろん、BGMやタイトル、字幕を入れるのも簡単にできます。
さらに驚くべきは、自分がマイクに向かって喋らなくても、文字を打ち込むだけで「AIの自動音声」がプロのアナウンサーのような綺麗な声でナレーションを入れてくれる機能まであることです。
そのことによって、自分の足で歩いて集めた変わりゆく町の風景や、何気ない映像が、AIのナレーションや音楽を添えてみると、立派な映像作品へと生まれ変わるのです。
私が、使っている編集アプリについて、以前書いた記事がありますのでそちらを参考に読んでください。
作品はYouTubeで発表
出来上がって映像作品は、自分一人で楽しむだけでなく「YouTube」という世界中の人が見られる大きなステージで発表することができます。
「自分の作った素人動画なんて、誰も見てくれないのでは…」 そう心配されるかもしれませんが、気にする必要はまったくありません。
何万回も再生されることや、有名になることが目的ではないからです。
その作品を見て一人でも心が動かされる人がいれば、それはそれでよく、作品として公開して残すことが大事なことになのです。
変わりゆく町の風景や、日常の何気ない美しさを「あなた自身の視点」で切り取り、ひとつの作品として世の中に残すことそのものが尊いからです。
自分の足で町を歩き、肌で季節を感じながら作った映像には、必ず温かい思いが宿り見る人の心を打つことでしょう。
結果や評価を気にせず、自分のペースで撮影と編集を楽しむという、こうした「余白のある時間」を持つことこそが、一人暮らしの毎日をこの上なく豊かにしてくれることになります。
老後に夢中になれる趣味を持つことは、ただの暇つぶしではなく、私たちのこれからの時間を最高に輝かせてくれるものとなるのです。
