老後になると、「もっと何かしなきゃ」と、思ってしまうことがありませんか。
時間がありすぎることに不安を覚えてしまうからです。
時間がたくさんあると、なぜか心は落ち着きません。
それは今まで忙しく働いていたのに急にやることがなくなったからかもしれないからです。
私も、その感覚を何度も味わいました。
そんな中で、あることに気がついたのです。

目次
忙しさは、幸せと比例しません
現役の頃は、忙しいほど評価されました。
たくさんいろいろなやることことを持ち、たくさん働くことが、正しいとされてきました。
だから、忙しければ忙しいほど尊敬されていたのです。
しかし、老後はその物差しを変えていいのではないかと思うようになりました。
物が多いほど、心は満たされるわけではない
物が増えると、管理も選択も疲れます。
・探す
・迷う
・片づける
これが毎日積み重なると、心は知らずに消耗してしまいます。
このことについては、「シンプルに暮らすことで、ちょうどいい余白のある生活の見つけ方」に書いてあるので読んでみてください。
生活においては、足すことより、マイナスにすることの方がいいのではないかと思うのです。
老後は「足る」を知ると楽になります
全部持たなくていい。
全部やらなくていい。
今の自分に、ちょうどいいということ。
そのことを基準にすると、暮らしは驚くほど静かになり充実することになります。
シンプルな生活がくれるもの

生活をシンプルにすると、このような変化が起こります。
- 時間に追われない
- 迷うことが減る
- 心が落ち着く
- 好きなことに集中できる
これは、節約以上の価値として、人間が幸せになる法則です。
老後は「持つ喜び」より「過ごす喜び」
老後においては、物を増やす喜びより、時間を味わう喜びが気持ちを豊かにしてくれます。
- 散歩
- 読書
- 趣味
- 人との会話
こうした時間が、老後の豊かさとなるのです。
ちょうど良い暮らしという考え方
多すぎない。
少なすぎない。
無理をしない。
我慢もしない。
自分に合った分量で生きる。
それだけで、毎日はずっと楽になります。
服も、暮らしも、考え方も
おしゃれより、着やすさ。
流行より、長く使えること。
まだ使えるものがあるなら、欲張らない思考。
食事も、量より心地よさ
食べすぎない。
無理に豪華にしない。
そのことにより、体が楽にな心地よくなります。
胃が軽いし体が軽くなるので、気持ちが穏やかになります。
このことも立派な豊かさのある生き方であり、無理しない生き方になるのです。
働き方も、老後仕様でいい
生活に困らなければ、無理に稼がなくていい。
時間を守る。
体を守る。
心を守る。
老後は、生活のための無理しない働き方で十分なのです。
人間関係も「ほどほど」が心地いい
広げすぎない。
近づきすぎない。
気を使いすぎない。
無理に合わせない。
この距離感が、長く続く関係性を作ります。
老後は軽く、静かに、心豊かに
老後は、がんばらなくていい「余白のある時間」です。
特別な哲学など必要ありません。
持たなくていい。
競わなくていい。
今の自分にちょうどいい暮らしを受け入れること。
つまり、「足るを知る」ことで、無理のない心地よい毎日が生まれるのです。
老後の余白について
私はこのブログで「余白」について書いていますが、具体的にこのようなものが余白であると定義づけられているわけではありません。
日本の伝統的な芸術を思い出してみてください。
- 日本画や書道: 描かない部分があるからこそ、美しさが際立つ
- 生け花: 空間があるからこそ、花が生きる
- 小説: 行間があるからこそ、物語が深まる
- 落語:話に間があるから、話を聞き入ることができる
これらは余白という何もないというのではなく、余白という空間があって初めて一つの作品として成立する大切な要素なのです。
だから、人間の生き方においても余白は大事なものなのです。
人生における「余白」の意味
現役時代は、仕事に子育てにとバリバリ働くことが務めでした。
しかし、詰め込みすぎれば心は疲弊してしまいます。
若い時も、余白を持って生きることは大事なことなのですが、若さというエネルギーがそうさせてくれません。
だから、老後においては、日々の暮らしの中に、ふっと息をつける時間を持つことが必要なのです。
何かをする中で、あえて詰め込まないゆとりを持つことで、老後の人生は輝いて見えます。
私は思うのですが、老後における余白のある生き方をすることは、心を豊かにすることなのです。
これから一緒に「余白」を探しませんか
正直に言うと、私自身も「余白とは何か」と聞かれて、まだ明確な言葉で定義できているわけではありません。
「なんとなく、こういうものかな」 そう感じている最中です。
だからこそ、このブログを通して、皆さんと一緒に考えたいのです。
これだという 正解のない「余白」という言葉の奥深さを味わいながら、その必要性をゆっくりと探していきたいと思っています。
皆さんは、生活の中にどんな『余白』をお持ちですか。