昔のパソコンのフォルダを整理していた時のことです。
書きかけのまま「没」にした原稿が出てきました。
タイトルは「シニアが運を引き寄せる5つの習慣」と書かれていました。
そこに並んでいた「正解」
原稿には、こんな言葉が並んでいました。
- 感謝の気持ちを忘れない
- 新しいことに挑戦する
- 笑顔とポジティブな言葉
「運は偶然ではなく、日々の行いで作られる」「笑顔でいれば幸せになれる」……。
どれも、よく聞く言葉です。
私は、この言葉などで自分を縛っていた
当時の私は、どこからか借りてきた言葉などを並べて、幸せになる方法などを考えていました。
「運は行いで決まる」「笑顔でいれば幸せになれる」
書きながら、「本当にそうだろうか」と、心のどこかに疑心暗鬼でありながらも、こうあるべきという教科書のような言葉を信じていたのです。
ポジティブという名の足かせ
心が悲鳴を上げているのに、「感謝しなきゃ」「前向きな言葉を使わなきゃ」と自分を律することは、かえって自分を追い詰め、心を痩せ細らせてしまいます。
かつての私は、無意識のうちに「こうあるべき」という鎖で自分を縛り付けようとしていたのです。
これは、今の私が大切にしている「余白」とは真逆の考え方です。
余白とは、「こうあるべき」という鎖で心を縛るものではありません。
自分の弱さや、どうしようもない感情さえも、そのまま置いておけるスペースであって、それが余白だと思うのです。
無理に運を引き寄せない
だから私は、「こうあるべき」という考えを捨てました。
運を引き寄せようと必死になるのではなく、もっと気楽に生きることを選んだのです。
余白のある生き方は、ツイていない自分も、愚痴を言いたくなる自分も、そのまま認めてあげることだと思っています。
「こうしなければ」という束縛を手放した時、そこに初めて本当の意味での余白が生まれるのです。
余白が教えてくれたこと
すべてを受け入れてみると、心が少し軽くなるのがわかりました。
「こうあるべき」から離れたところに、心の自由があったからです。
具体的に「これが余白です」と定義するのは難しいかもしれません。
けれど、自分を追い立てない、感情を否定しない。
そんな「縛らないゆとり」がある状態が、余白であるような気がします。
心地よい生き方という選択
無理に運を引き寄せるより、ありのままを受け入れる。
それが、いちばん心地いい生き方ではないでしょうか。
無理にポジティブになろうとする努力をやめてみる。
「こうすればいい」と自分を縛るのではなく、「今はこれでいい」と認めてあげる。
そうやって肩の荷を下ろした時、ふと窓から入ってくる風の心地よさに気づいたり、道端の花が綺麗だと思えたりするものです。
もしかしたら、それこそが本当の意味で「運が良い生き方」なのかもしれません。
運を引き寄せるために必死になるよりも、今の自分を認めて心地よく過ごす。
その穏やかな時間こそが、私にとっての本当の幸せなのだと感じています。
