社会の高齢化に伴い、一人暮らしをする高齢者が増えています。
私も、高齢者の一人として、一人暮らしは気楽でいいと感じている一方で、一人で生きていく不安というのも感じています。
そこで、この高齢者の孤独と孤立について、世界や日本の事例から、これからの時代をどうやって安心して生きていくかを考えてみることにしました。
目次
自由と不安が入り混じる老後の一人暮らし
現代では、子供との同居が減り、寿命が延びたことで、住み慣れた家で一人暮らしを続ける高齢者が多くいます。
元気なうちは気楽でいいと、子供との同居を望まない人も多くいるのですが、自由が守られる反面、そこには多くの不安も潜んでいます。
- 日々の家事や管理をすべて自分で行う精神的、物理的な重荷があります。
- 病気や怪我をした際、すぐに頼れる人が近くにいないという不安があります。
- 年金生活において、物価高や医療費の増加による将来への金銭的心配があります。
これらは、高齢者の一人暮らしにおける、精神的不安を引き起こす要因になりかねません。
孤独と孤立の違いを知る
ここで考えておきたいのは、「孤独」と「孤立」の違いです。
- 孤独: 人とのつながりが減少し、寂しさを感じている主観的な状態。
- 孤立: 周囲に人がいても理解されず、社会的な助けや接点がない客観的な状態。
一人暮らしで会話がなくなると、孤独感が増し、やがて社会的な「孤立」へとつながっていきます。
このことが続くと、精神的な疾患や認知症といったリスクが高まることがわかっています。
世界から学ぶ、孤独に立ち向かうユニークな取り組み
世界各国では、高齢者の孤独に対してユニークなアプローチが行なわれています。
- イギリス:「孤独担当大臣」の設置で、孤独を国レベルの課題と捉え、政策として対策を進めています。
- アメリカ:宗教団体やボランティアによる支援により、教会などが交流の場を提供し、外出困難な人へは、訪問やビデオ通話でつながりを維持しています。
- オランダ:世の中の効率化とは逆に、会話を楽しむためのレジなどを設置したり、日常のちょっとした雑談を大切にするような取り組みをしています。
- スウェーデン:「コレクティブハウス」 多世代が一つ屋根の下で暮らし、助け合う共同住宅が人気です。
- デンマーク:「コミュニティキッチン」 一人で食事をする高齢者が集まり、若者と一緒に食卓を囲むプロジェクトなどがあります。
これら各国の取り組みとして、高齢者の孤独ということが社会的にも損失になるということが考えられているのです。
日本の現状と、つながりを取り戻すために
日本ではかつて家族が担っていたケア機能が弱まり、地域コミュニティも希薄になってきています。
しかし、そのような状況でも、新しい「つながり」の形が生まれ始めています。
- 地域の交流イベント: 自治体やNPOによるサロンやカフェ。
- 見守りボランティア: 定期的な訪問や会話による安否確認。
- 多世代交流: 若者や子供たちと一緒に取り組むプロジェクト。
記憶に新しい能登半島地震では、津波警報が出た際、近所の人々が一人暮らしの高齢者に声をかけ、手を取り合って避難した事例があります。
地域コミュニティがあると、それぞれの地域で見守りや助け合うということができるのですが、都会暮らしにおいては、隣に住む人がどのような人だかわからないでいるので、地域差はあるかもしれません。
デジタル技術が守る命と安心
そこで考えられたのが、AIなどデジタル機器の発達です。
「孤独死」を防ぐために、最新のIoT(機器とインターネットのつながり)技術が進化しています。
- センサー見守り: 室内の動きや転倒を検知し、異常があれば家族へ通知。
- 家電の利用状況: ポットや照明の使用履歴から安否を確認。
- スマートウォッチ: 心拍数などを常時モニタリングとして安全を見守る。
- スマホが浸透していることから、スマホを使用しない日が続くと登録者に安否確認が届く。
これらを活用をすることで、万が一の事態に迅速に対応することができます。
ただ、最終的には、その先には人間同士のつながりがなくてはならないのですが、ある程度までは機械による見守りで安心を補うことができるといえます。
生成AIなどの発展
AIの発展は、話し相手として人間同士の会話と同じようになりつつあります。
AIは感情がない機械ですが、学習することによって相手のことを理解して、会話のキャッチボールができるようになると、機械であってもコミュニケーションにおける心の負担が軽くなるといえます。
家の中に一人で引きこもっている高齢者においては、誰とも話さない日々が続くと、認知能力が弱まることから、それがロボットであっても、会話をすることに意味があるのです。

「自助努力」が運命を変える
社会的な支援がいかに充実しても、機械のシステムが発展しても、最終的には自分の人生を豊かにするのは、自分自身の自助努力に他ありません。
「誰かが何かをしてくれるのを待つ」のではなく、自ら健康を守り、楽しみを見つける姿勢が、孤独を遠ざける最大の防御策になります。
- 健康への自助努力: 日々の食事や運動で、病気になりにくい体を作る。
- つながりへの自助努力: 援助を待つのではなく、自分から積極的に行動をし、コミュニティーに入り込む。
- 学びへの自助努力: デジタル機器などを使いこなし、社会とつながるように、新しい趣味(園芸、書道、ダンスなど)に挑戦したりする。
今の日本では、行政の支援や地域の見守りといった「公助」「共助」は充実してきています。
高齢者を取り巻く環境は不可欠ですが、自分自身で心身の健康を保ち、社会と関わろうとする「自助努力」が最も大事なことになるのです。
自分で動くという意志こそが、孤立を防ぎ、私たちに尊厳ある自由をもたらしてくれることになります。
一人暮らしとは、人生に余白を持つこと
そして何より大事なことは、一人でいる時間を寂しさと捉えるのではなく、自由とともに余白のある時間として充実して生きることにあります。
家族に気兼ねすることなく、好きな音楽を聴き、好きな本を読み、あるいは私のようにAI動画を作ってみたり、絵を描いてみたりといった、積極的な生きがいを見つけることです。
この余白は、若い頃には決して手に入らなかった、老後の許された贅沢な時間として有意義なことです。
したがって、自分に対して自由を得ることは、自ら積極的に何か行動に移すことにあるのです。
誰にも邪魔されない静寂の中で、自分自身の心の声に耳を傾け、そして、自分がやることを見つけて人生を楽しむことです。
余白の時間を積極的に生きることは、一人であっても「孤独」ではなく、精神的に自立した人間だけが味わえる孤高の豊かさと考えると、一人暮らしが充実した時間となるのです。
ここで、私が考える人生の余白を充実して生きるという積極的な生き方を描いた記事がありますので、それも参考にして読んでみてください。
