絵本の余白とは何か|絵と文章の間に生まれるもう一つの空間

余白と聞くと、何も描かれていない白い場所を思い浮かべます。

絵画や写真でも、空間を空けることで、見る人に落ち着きを与えることがあります。

しかし、絵本で考える余白は、少し違います。

絵にも文章にも描かれていないのに、読む人の心に何かが浮かんでくる。

そのような想像の余地を、余白と言います。

絵と文章が出会うと、第三の世界が生まれる

ここで、少し考えてみたいことがあります。

絵と文章は、それぞれ違うことを伝えています。

絵は、老人の姿や公園の様子を見せます。

文章は、今年も桜が咲いたことを伝えます。

では、老人が何を感じているのか。

それは、どちらにも描かれていません。

ところが、二つを合わせると、読者は老人が桜を見て何を感じているかまで想像し始めます。

つまり、絵が伝えることと、文章が伝えることを合わせることで、そこには描かれていない第三の世界が生まれるのです。

私は、これが絵本ならではの面白さだと思います。

ただし、その世界は紙の上にあるわけではありません。

読む人の心の中に生まれるものです。

だからこそ、同じ絵本でも、読む人によって違う物語が見えてくるのかもしれません。

なぜ、読む人によって感じ方が違うのか

先ほどの老人の絵を、もう少し考えてみます。

長年連れ添った人を亡くした読者なら、老人の姿に寂しさを感じるかもしれません。

故郷を離れて暮らす人なら、昔の春を思い出すかもしれません。

一方、穏やかな老後を過ごしている人なら、老人の姿に安らぎを感じることもあるでしょう。

絵も文章も、何一つ変わっていません。

変わったのは、読む人の受け取り方だけです。

人は、物語を読むときに、自分の経験や記憶を重ね合わせます。

だから、作者が描いていないことまで、心の中に浮かんでくるのです。

余白とは、読者が自分の人生を物語に重ねられる場所なのかもしれません。

与謝蕪村の俳画に通じること

このようなことを考えていると、江戸時代の与謝蕪村を思い出します。

蕪村は、俳人であると同時に画家でもありました。

俳句と絵を組み合わせた「俳画」という表現でも知られています。

俳句は、わずか十七音の文学です。

限られた言葉で情景を伝え、書かれていない部分は読む人の想像に委ねます。

俳画では、そこに絵が加わります。

絵によって情景が具体的になる一方で、言葉だけでは感じられなかった世界が広がることもあります。

蕪村は、芭蕉の『おくのほそ道』を書き写し、絵を添えた作品も残しました。

文章が描く旅の世界に、絵が新しい表情を与えたのです。

ここに、現代の絵本作りにも通じるものを感じるのは、絵は文章を説明するだけではなく想像の入口にもなるからです。

アメリカ メトロポリタン美術館所蔵

余白を作るには、何を描かないかを考える

私は、AIを使って大人が読む絵本を作っています。

その中で難しいと感じるのは、何を描くかよりも、何を描かないかということです。

例えば、老人が桜を見て、亡くなった妻を思い出す物語を考えたとします。

その気持ちを、文章ですべて説明することもできます。

「老人は、亡くなった妻を思い出して寂しくなった。」

これなら、意味ははっきり伝わります。

しかし、それでは読者が想像する必要がなくなってしまいます。

そこで、絵の中に、老人の隣にある空いたベンチを描いてみます。

文章は、「今年も、桜が咲いた」の一言です。

それだけで、隣の空席に何か意味があるように感じられます。

もちろん、そこに何を見るかは読者の自由です。

誰かが亡くなったとは限りません。

これから来る人を待っているのかもしれません。

作者が説明しないことで、読者の想像が動き始めるのです。

大人の絵本には、余白が必要

子どもの頃に読んだ物語を、大人になって読み返すと、違う意味に感じることがあります。

物語そのものは変わっていません。

変わったのは、読む側の人生経験です。

人は年齢を重ねる中で、喜びだけでなく、別れや後悔も経験します。

だからこそ、短い文章や何気ない一枚の絵に、深い意味を感じることがあるのでしょう。

大人の絵本では、作者が結論を教える必要はないと思います。

人生とは何か。

幸せとは何か。

老いるとは、どういうことなのか。

そのような問いに、簡単な答えを示すことはできません。

けれど、一つの物語を通して、読者が自分なりに考えることはできます。

そのためには、作者が語りすぎないことも大切です。

描かれていない世界こそ、絵本のもう一つの物語

絵本には、絵と文章があります。

しかし、絵と文章だけで、物語のすべてが完成するわけではないのです。

そこには、読む人の想像が加わります。

一枚の絵を眺めながら、描かれていない過去を思い浮かべる。

短い文章から、登場人物の気持ちを想像する。

そして、自分の経験と重ね合わせることで、物語は読む人だけのものになっていきます。

余白は、作者が語らなかった世界を、読者が自分の心で描くための空間です。

絵本の中には描かれていません

けれど、その空間は、読者が想像した瞬間に確かに生まれることになります。

私が大人の絵本を作るうえで大切にしたいのは、この余白です。

すべてを説明する絵本ではなく、読み終えたあとにも、心の中で物語が続いていく絵本。

絵本は、描かれたものを読む文学であると同時に、描かれていないものを想像する文学でもあるのだと思います。