私たちが子供の頃から親しんできた物語に、『鉢かづき姫』や『一寸法師』、そして『浦島太郎』という物語があります。
これらの物語は、いつ頃生まれ、どのように絵本になったのでしょうか。
大人の絵本を作るようになってから、そんな疑問を持つようになりました。
調べてみると、昔話と絵本には、深い関係性と歴史があることがわかりました。
物語は人から人へ伝えられてきた
昔は、今のように誰もが自由に、本を手に入れられる時代ではありません。
人々は、昔から伝わる不思議な話や、英雄の活躍する物語などを、語り聞かせて楽しんでいました。
そこには土地に残る伝説もあれば、信仰に結びついた話もあります。
また、中国など外国から伝わった話が、日本の物語に影響することもありました。
こうした話は、時代とともに形を変え、新しい物語にもなっていったのです。
もちろん、すべての昔話が、口伝えや伝説だけで生まれたわけではありません。
古くから書き残された物語もあり、さまざまな形で受け継がれてきたのです。
手書きの美しい奈良絵本
室町時代の後期になると、こうした伝承や古い文学を題材にした、絵入りの物語が作られるようになります。
それが、奈良絵本と呼ばれる本です。
奈良絵本は、印刷された本ではなく、文字も絵も手で描かれたものでした。
鮮やかな色を使った挿絵があり、金や銀で飾られた豪華な本もあります。
当時は、紙も絵の具も貴重なものだったために、貴族や武家、裕福な商人などに向けて、
作られていたといわれています。
嫁入り道具として用意されたり、飾って楽しむ本でもあったそうです。
つまり、当時の絵本には、物語を楽しむだけではなく、美しい絵を鑑賞する楽しみもあったということです。
文章だけではない物語の楽しさ
奈良絵本の特徴は、物語の場面が絵で描かれていることです。
たとえば『鉢かづき姫』や『一寸法師』などは、口伝で聞くよりも、絵本となって小さな法師がお椀の舟に乗り、川を進んでいく姿を見ることでイメージが膨らんできます。
その場面が一枚の絵になっていれば、物語の面白さが想像力と一緒に絵を見ることで、物語の世界がいっそう身近なものになるのです。
御伽草子として広まった物語
これらの物語は、のちに、「御伽草子」と呼ばれるようになります。
御伽草子とは、室町時代後期から江戸時代初期にかけて生まれた、短い物語を中心とする作品を集めたものです。
姫君の結婚や武士の活躍、不思議な生き物との出会いなど、内容は実にさまざまでした。
奈良絵本も、こうした物語を、絵と文章で伝える方法の一つとして、華やかな絵本にしたのですが、江戸時代になると、木版印刷による出版が盛んになります。
一冊ずつ手で書き写さなくても、同じ内容の本を何冊も作れるようになり、江戸時代には、そうした物語が二十三編を選んだ『御伽文庫』も出版されるようになりました。
こうして、かつては限られた人々が楽しんでいた絵入りの物語が、より多くの人の手に届くようになったのです。
絵本は子どもだけのものだったのか
奈良絵本について調べて、私が特に興味を持ったことがあります。
それは、絵本が最初から子どもだけの読み物だったわけではないということです。
貴族や武家の大人たちも、絵と物語を楽しんでいて、昔話には、人間の欲や願い、恋愛や冒険などもあったことから、大人が楽しめる内容も含まれています。
絵本というと子供のためだけに書かれたと思われがちですが、昔は大人にとっても楽しい娯楽という存在だったのです。
奈良絵本から学んだこと
私は今、AIの力を借りながら、大人が読む絵本を作っています。
今回、奈良絵本の歴史を調べて、あらためて気づいたことがあります。
それは、絵本の魅力は、絵と文章が一緒になることで、物語の世界を広げられることです。
文章だけでは想像しにくい場面も、絵があればひと目で伝わります。
反対に、絵だけではわからない気持ちを、短い文章で表すことができます。
昔の人たちも、そうした楽しみを、絵入りの物語に見つけていたのだと思います。
時代が変わっても、物語を楽しむ人の気持ちは、それほど変わらないことから、私はこれからも、大人が楽しめる絵本を作りたいのです。
明日は、私たちがよく知る『浦島太郎』を取り上げて、子どもの頃には気づかなかった、あの物語に隠された面白さを、75歳になった今の目で考えてみ流ことにします。