これは、私の知人が投資詐欺に引っかかった話です。
その人は、長年まじめに働き、老後のためにコツコツと貯金をしてきました。
退職後も、特にぜいたくをすることもなく、穏やかに暮らしていたのですが、ある日、スマホで「X(エックス)」を見ていたときのことです。
ふと、いつもテレビで見なれている有名な方が「投資」について語っているのが目に留まりました。
投資に興味などなかったものの、テレビでおなじみの顔と声ということで、興味を持ってしまったのです。
「あの人が言うなら間違いないかもしれない」、すっかり信じてしまい、案内されるがままに投資セミナーの会員になって指導を受けることにしてしまいました。
それが、今思えば投資詐欺の入り口ということだったのです。
目次
投資に手を出してしまう心理
私の知人は、ギャンブルなども一度もやったことがない、本当に堅実な人でした。
会社員時代も真面目に勤め上げ、退職金と年金で贅沢さえしなければ十分に暮らしていけるはずだったのです。
それなのに、なぜ投資などという未知の世界に足を踏み入れてしまったのかということは、私にとっては不思議なことでした。

しかし、そこには高齢者ならではの、静かな焦りがあったということです。
一人暮らしのその人は、毎日のようにスーパーへ買い物に行くと、なんでも高くなっているということを実感していました。
それに、光熱費などの明細を見てみると、物価高という不安が心の負担に重くのしかかってきています。
それなのに、入ってくる年金は物価に合わせて大幅に増えることはありません。
今はまだ大丈夫でも、これから先の10年、20年と続いたらと考えると、通帳の残高が少しずつ減っていくのを見るたびに、正体のわからない不安が胸の奥に広がっていったのです。
心の落とし穴
「この不安を消すためには、お金を増やすしかない」、心の中に一つの大きな落とし穴が生まれたのです。
老後の安心を手に入れるには、お金を増やすことが最優先という気持ちが起こったのです。
人は、そのような気持ちが頭の中を支配してしまうと、焦りが生まれてきます。
決して贅沢をしたいという欲ではなくても、お金を増やすことで、安心という気持ちが支配してくるのです。
そのような切実な願いを抱いていたときに、たまたまスマホの画面にみつけたのが、この投資セミナーの案内でした。
この人がやっているなら大丈夫だろうという思いがあったので、早速セミナーの会員になることを決めたのです。
安心をエサに巧妙な手口
あの、テレビでよく見る経済評論家から直接指導してくれるならという思い込みから、すがるような思いで指定された連絡先に登録してしまいました。
案内されたのは、数十人が参加するスマートフォンのグループチャットでした。
そこが、いわゆるセミナーの会場だったのです。
グループ内では、毎日驚くようなやり取りが飛び交っています。
「先生の言う通りにしたら、今日も利益が出ました。これで老後も安心です」など、 次々と送られてくる参加者からの感謝の言葉や、利益が出たという報告の画像などを見せられると、知人も舞い上がってしまったということです。
参加者が上手くやっているのを知って、自分だけが取り残されているのではないかという焦りから、自分も投資をしてみることにしました。。
運用費として、セミナーの口座にお金を預けてみることで、先生が銘柄を買ってくれるということです。
これで増えていくと思えば、もうお金の心配をしなくてすむし、 長年抱えていた老後の不安が解消できると喜んだそうです。
さらに伸びる魔の手
ようやく手に入れた安心感は、かけがいのないものでした。
毎日チャットをしながら、お金が増えていくことに舞い上がっていたのです。
これだったらもう少し、投資金額を増やしてみてもいいという思いが芽生えてきたのは言うまでもありません。
知人は、今なら確実に儲かるという画面の向こうの言葉を信じ、大切な老後資金を次々とつぎ込んでいってしまったのです。
しかし、いざ増えたお金を引き出そうとしたとき、事態は急変します。
お金を引き出したいと申し入れた時に、「引き出すには税金がかかる」「手数料としてさらに振り込みが必要だ」と理由をつけられ、お金を払い戻してもらえないのです。
そしてある日突然、グループチャットから強制的に外され、一切の連絡が取れなくなってしまったということです。
詐欺師は獲物を狙っている
知人は典型的な投資詐欺に引っかかってしまったことのようです。
なぜ、ここまで巧妙な罠に引っかかってしまったかというと、詐欺師は、高齢者が抱えている不安などを果敢に利用してくるからです。
「自分なら絶対に騙されない」と思っていても、気づかぬうちに罠に嵌められてしまうのには明確な理由があります。
老後のお金に対して、 年金だけで足りるだろうかといった不安や、このままで大丈夫だろうかといったことを考えた時に、人は冷静でいられなくなるのです。
そして、誰にも相談できず一人で悩みを抱え込んでいる時に、詐欺師たちは、高齢者たちが抱えている老後の不安や、普通の暮らしを守りたいという焦りを突いてきます
したがって、彼らが差し出してくるのは投資のノウハウではありません。
これでもう心配いりませんという、甘く優しい偽物の安心感なのです。
なぜ真面目な人ほど騙されるのか
ニュースで投資詐欺の事件を見るたびに、どうしてこんな怪しい話に騙されるのだろうと思う人は多いかもしれません。
しかし実際は、特別な人や、欲深い人だけが騙されるわけではないのです。
むしろ、まじめに働いてきた人ほど、詐欺の罠に引っかかりやすいという残酷な現実があります。
それには三つの理由があるといえます。。
第一に、真面目で責任感が強い人ほど引っかかりやすいといえます。
将来を真剣に考え、自分の老後は自分でなんとかしなければという思いを強く持っているから、一人で考え悩むのです。
その責任感が、年金不安や物価高に直面したとき、「なんとかして備えなければ」という強い焦りに変わってきます。
第二に、人を疑うことに慣れていないという傾向があります。
長年まじめに働き、周囲と誠実に向き合ってきた人は、他人の言葉の裏にある悪意を想像するのが苦手です。
「こんなに親切に教えてくれる人が嘘をつくはずがない」と、自分自身の誠実さを相手にも重ね合わせて、すっかり信じ込んでしまうのです。
そして第三に、積み上げてきたものを守りたいという考えがあるからです。
コツコツ貯めてきた大切なお金だからこそ、目減りしていくのが怖くなり、築き上げてきた普通の暮らしを手放したくないといった切実な思いを、詐欺師は投資で増やして守りましょうという甘い言葉で巧みに利用するのです。
真面目に一生懸命生きてきたこそ生まれる「責任感」と「誠実さ」が、詐欺師たちのターゲットになりやすいのです。
騙されないために気をつけること
後で分かったことですが、SMSの画面の向こうで優しく語りかけていたその有名人は、なんとAIで作られた真っ赤な偽物だったのです。
今は顔や話し方もAIがそれらしく作ることができるということです。
私の知人は、詐欺師の巧妙な罠にすっかりハマってしまったのです。
この話を聞いたとき、私は決して愚かな人だとは笑えませんでした。
むしろ、強く共感してしまったのは、私にも起こり得ると思えたからです。
だからこそ、「自分は騙されない」「私は欲深くないから大丈夫」と過信せず、日々の生活の中で気をつけておかなければならないのです。
3つの提案
詐欺に遭わないための、私たちの心と暮らしを守るための3つの提案があります。
1. 「画面の中の有名人」を鵜呑みにしない
今の時代、AI(人工知能)を使えば、テレビでおなじみの有名人の顔も声も、本物そっくりに作り出すことができます。
「あの人が言っているから間違いないだろう」という私たちの思い込みや常識は、もはやネット上では通用しない時代になったということです。
2. 焦って「今すぐ」の決断をしない
不安が募っているときほど、人は早く安心したくて急いで決断をしてしまいがちです。
詐欺師はその心理を突き、「今だけ」「あなただけ」と急がしてきます。
大切なお金を動かすときは、必ず冷静になって考えてみることが大事です。
3. 「増やす」ことより「守る」ことに目を向ける
老後の安心感は、決してお金を増やすことだけで得られるものではありません。
むしろ、リスクを負って未知の世界で増やそうとするよりも、今ある手元のお金の中で、等身大の暮らしを大切に守り抜くことのほうが、安心に繋がるということを知ることです。
余白のある老後
まじめさと老後の不安を早く解消したいという切実な思いが交差するところに、今の詐欺は巧妙に入り込んできます。
「自分だけは絶対に騙されない」という過信を捨てることが防犯の第一歩になります。
そして、何よりも大切なのは、「お金が増えなければ安心できない」という思い込みを、少しずつ手放していくことです。
将来が不安だから、なんとかして増やさなければと焦る気持ちは痛いほど分かります。
しかし、その焦りこそが、詐欺師にとって一番の狙い目になってしまうのです。
私たちシニア世代にとっての本当の安心感とは、決して通帳の残高が右肩上がりに増えていくことではありません。
年金とこれまでの貯金の中で、見栄を張らず日々のささやかな喜びに目を向けて穏やかに暮らすことです。
不安に心を支配されそうになったときこそ、一度立ち止まり、冷静になって考えてみてください。
未知の世界に足を踏み入れてリスクを負うより、今ある普通の暮らしを愛し大切に守り抜くことのほうが、結果的に、見えない悪意から私たち自身の心と生活を守る、一番の強固な生き方になるのだと私は信じています。