高齢者の一人暮らしで節約ばかりしていると、『何のために生きているのだろう』とふと寂しくなることはありませんか。
そこで今回は、ただの節約術ではなく、『お金をかけずに、時間と心の楽しみを見つける方法』を考えてみることにしました。
節約は単なる「我慢」ではなく、自分らしい豊かな時間をデザインするための「工夫」なのかと思ったからです。
目次
節約こそ老後の生き方
お金を出せば、簡単になんでも手に入るということが楽しみと思っていました。
旅行にしても、豪華な食事や娯楽といったものに対して、消費からくる楽しみこそ幸せだという考えだったのです。
働いている時はそれでも良かったかもしれませんが、いざ年金生活になってみると、お金を際限なく使うことはできません。
節約生活をしなければ、先行きが不安になるということに気がついたのです。
節約生活は苦しみの始まり?
今まで自由になんでも思い通りにできたことが、年金生活ではそのようなことができなくなった時に苦しみが始まりました。
不安と共に、これからどうやって生きていこうかと悩むのです。
年金を頂いて、なんとか生活ができていると思っても、老後の不安がつきまといます。
そこで、考えるのがお金を使わないで、節約しながらでも生きるという考えです。
不安の代償として、お金を使わないで残すということが、唯一の老後の生き方になると思ったからです。
お金を使わない消費から創造へ
しかし、考え方を変えてみると、節約生活は創造の生き方ではないかと思うことがあります。
やりくりや、限られたもので暮らすということは、創造しながら生活しなければなりません。
創造こそ、お金をかけなくてもできる楽しみだからです。
お金で買う娯楽は一瞬で終わりますが、自分の頭や手を動かして何かを生み出すことは、日々の生きがいへとつながっていきます。
創造は生活に余白が生まれる
「あれも欲しい」「ここにも行きたい」という消費の欲求に素直に従っていると、実はお金だけでなく、心も時間も常に忙しくなります。
節約を意識して「本当に自分に必要なものだけ」に絞り込んで考えると、生活から雑音が消え、心と時間に静かな「余白」が生まれてくるのです。
この余白のある生活こそが、豊かな老後の人生の生き方になると思うのは、誰かに急かされることなく、ゆっくりとした静寂な時間に本当の幸せがあると思うからです。
お金を出して買えるものでなくても、ゆとりこそ幸せな時間であり、このゆとりある生活の余白こそ、意図的に作り出すための知的な工夫であり、創造する世界といえます。
節約という創造する楽しみ
出来合いのお惣菜を買うのをやめて、冷蔵庫にあるものだけで献立を考える時間は、まさに楽しみの知的な遊びです。
必要なものを買うという考えから、家にあるもので代用できないかを考えることは楽しみであり、何かを創造できた時に、「やった!」という喜びは、買い物では得ることができない楽しみになります。
このように節約で得た工夫は、考え方によっては喜びに変えることができるのです。
遠くの旅行より、いつもと違う路地を歩いてみることで近所の再発見をすることがあります。
このことは、 高いお金を出して遠くへ行かなくても味わうことができる楽しみの一つです。
スマホがあるなら、道端の草花を撮影したり花の名前を調べてみることは、見慣れた近所が未知の探検コースに変わることになります。
節約からくる健康という最大の資産
世の中には、高価な健康食品やスポーツジムなど、お金をかければ健康になれるという情報が溢れています。
しかし、お金をかけない「節約生活」の中にこそ、実は最強の健康法が隠されているのです。
お金の節約のために「歩く」という行為は、究極の全身運動であり、このことにより、足腰を鍛え生活習慣病を遠ざけます。
手作り料理がもたらす食の安全と料理を作るという脳への刺激は、脳を若々しく保つトレーニングになります。
さらに、加工食品や外食を控えることで、塩分や添加物を減らせるだけでなく、自分の体に合った健康を意識した食生活ができるのです。
節約のために自分の頭と体を使うこと自体が、健康効果を生み出しているのではないでしょうか。
社会との新しい繋がり方を見つける
外に出かけてお金を使わなくても、今はインターネットを通じて世界中と繋がることができる時代です。
自分の発信したものが誰かの目に留まったり、共感を生んだりすることは、一人暮らしの生活に確かな張り合いと喜びをもたらしてくれます。
私にとっての楽しみの一つであるブログを書くことは、まさにお金をかけずに毎日を有意義に過ごすための最高の時間となっています。
ブログを書くという行為は、これまでの人生を振り返りながら頭を使い、画面の向こうの読者との温かい繋がりを見つける作業といえるからです。
ブログを書くことのように、自分の手で楽しみを生み出し、社会と繋がり、自分らしい豊かな時間をデザインしていく、最高に前向きで創造する工夫という楽しみなのです。
お金をかけずに楽しみを見つける
「節約」と聞くと、生活が縮こまってしまうように感じるかもしれません。
しかし、お金を使わないからといって、決して人生まで貧しくなるわけではありません。
むしろ、お金に頼らないからこそ、「どうすれば毎日がもっと楽しくなるだろう」と自分の頭で真剣に考え行動するようになります。
お金を使う代わりに、自分の「時間」と「アイデア」を注ぎ込んでみることで、自分自身の力で充実した毎日をつくり出していくプロセスを作り出すことができるのです。
このことは、私たちに究極の充足感を与えてくれることになります。
日々の生活は、工夫次第で驚くほど面白く、味わい深いものに変わるということ出会って、節約とは単なる苦しい「我慢」ではないということなのです。
あとがき
昨今の物価高で、生活費を切り詰めることに疲れ果ててしまう方も多いと思います。
私もその一人です。
一人暮らしの静かな部屋で、我慢ばかりの節約に息が詰まりそうになる夜もあります。
節約こそ老後の楽しみというテーマで、今日のブログを書いたのですが、節約生活で苦しんで疲弊している人もいる中で、なんと呑気なことを言っているんだとお叱りを受けるかもしれません。
しかし、ただ苦しいと下を向いていても、現実はどうすることもできないのであれば、限られた予算の中でも、ほんの少し視点を変えるだけで、日常に光を当てることはできるはずです。
私は、節約を単なる苦しい『我慢』ではなく、自分らしい時間をデザインするための知的な『工夫』だと考えるようにしました。
経済的なゆとりがなくても、心にほんの少しのゆとりを持ち、工夫して生きることに老後の毎日はもっと味わい深いものになると思っています。
そんなお金をかけない生活の中で、私が今一番ワクワクしている究極の楽しみが、AIと繋がることです。
高いお金を出して旅行に行かなくても、AIに話しかければ、知らない知識を教えてくれたり勉強のサポートをしてくれたりします。
一人暮らしであっても、インターネットを通じて無限の想像の世界と繋がり、生活をエンジョイすることができているのです。
このAIとの暮らしをベースに、一人暮らしの老後をこれからも描いていくつもりですので、これからもよろしくお願いします。