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75歳の一人暮らしの私が選ぶ老人施設ではない共生住宅

人生75年になり、ここまで来ると、この先、どこでどう暮らすかという問いが、にわかに現実味を帯びてきます。

本音を言えば、住み慣れた今の家で、このままずっと暮らしたいのですが、ふとした瞬間に、もし今ここで倒れたらどうなるのだろうという不安が頭をよぎることがあります。

「まだ元気なのに考えすぎだよ」と笑われるかもしれませんが、独り身の今だからこそ、転ばぬ先の杖として高齢者施設について知っておくのも、決して無駄ではない気がします。

高齢者の住まいについて

一般的には、高齢者が住む住まいは高齢者住宅や高齢者施設があります。

介護を必要とした施設や、高齢者がサービスを受けやすい住宅など様々です。

高齢者施設のいろいろ

1. 介護が必要な人に向けた施設 

  • 特別養護老人ホーム(特養): 公的な施設なので費用は抑えられますが、人気が高く、入居待ちが当たり前で、入りたくても入れないという狭き門です。
  • 介護付き有料老人ホーム: 民間の運営で、食事、掃除、入浴などのサービスが充実しています。快適ですが、その分、費用は高額になりがちになり、入所金や月にかかる費用を考えると、年金だけで賄うのはなかなか厳しいのが現実です。
  • グループホーム: 認知症の方が少人数で共同生活を送る場所です。

2. 自立している人の高齢者住宅(介護は不要だけれど、一人暮らしは不安という人向け)

  • サービス付き高齢者向け住宅(サ高住): バリアフリーの賃貸住宅に、見守りや生活相談がついた住宅で、自由度は高いですが、介護が必要になったら外部サービスを頼むことになります。
  • 高齢者向け分譲マンション: ジムや大浴場、レストランがついた豪華な住居で、高齢仲間と趣味を楽しんだりすることができます。高齢者には良い環境ですが、費用面での計画性が必要です。

高齢者が住む施設としていろいろあるのですが、費用のことを考えるとなかなか入ることはできません。

やはり、いつまでも元気で自分のことは自分でできるということが大切になってきます。

私の理想は多世代で住むということ

施設に入ることで、食事の世話や安全の見守りを受けるということは、高齢者にとっては喜ばしいことです。

しかし、ここで私は立ち止まって考えてしまうのです。

高齢者施設に入れば、当然ですが周りは高齢者ばかりになったり、身の回りのことをやってもらうことで、自立心が失われるような気がします。

人間が生きるということを考えた時に、私はもっと、社会のざわめきの中で生きていたいと思うのです。

若い人との触れ合いや、子どもたちの賑わいなど、そのような中で、高齢者でも生活することが生きるということではないでしょうか。

コレクティブハウスについて

コレクティブハウスとは、シェアハウスと似ていますが、ヨーロッパ発祥のこの住宅の特徴は、世代の違う人たちが協力しながら住むという共生住宅です。

個人のプライバシーはしっかり確保しつつ、広いキッチンやリビングは共有して、住人がそこで一緒に食事をしたり、イベントをしたりして交流します。

高齢者だけで固まるのではなく、学生や若い社会人、子育て世代も一緒になって協力しながら住むということです。

日本にあるコレクティブハウスの事例

日本にもNPO法人の「コレクティブハウジング社」というものが存在します。

家族構造の変化や生活コストの上昇などから、共同生活の新たな形態を求める人がいて、若い人は働きに出て、その間、高齢者が留守番したり、小さな子の面倒をみたりします。

マンションの建物管理はみんなで行い、軽作業は高齢者、重い物を持ったりする作業は若い人が行い、互いに助け合って生活します。

みんなが見守り協力しながら住むというのは、社会の縮図構造に似ています。

この生活形態は、個人の自立とコミュニティ生活のバランスを重視し、相互支援、環境への配慮、社会的交流を促進することを目指すことになります。

メリットだけじゃないことも覚悟しておくべき

コレクティブハウスは理想的に見えますが、現実的な側面も考えてみました。

  • メリット
    • 孤独じゃない: 「おはよう」「おかえり」を言い合える人がすぐそばにいる。
    • 役割がある: 食事作りや掃除、話し合いに参加することで、お互いが頼りにされる喜びがある。
    • 安心感: 高齢者にとっては、病気になったり倒れた時などに異変に気づいてもらいやすい。
  • デメリット(覚悟すべき点)
    • 人間関係の負担: 意見が合わない人や、和を乱す人がいても付き合わなければならなかったり、人付き合いが苦手と感じる人には向かない。
    • 自分のことは自分で: 自立した生活が前提なので、介護サービスがついているわけではありません。外部サービスを利用することは可能ですが、一般住宅と同じで、共同住宅という意識で、あくまでも自分のことは自分でできなければならないのです。

私が考える理想的な住まい

私が考える理想的な住まいを調べてみました。

同じ建物に、若い人と高齢者が一緒に住む住宅。

これは、コレクティブハウスに似ていますが、普通のアパートの2階には学生や若者が住み、1階には高齢者が住むという構造になっています。

普通のアパートなので、上下で分けることで、生活リズムの違いも自然に調整できます。

ここに住む若者は、家賃を安く住むことができるかわりに、高齢者に何かあったときにはすぐに駆けつけることや、月に一度の高齢者を交えた食事会に参加するという条件があります。

参照:多世代共生の新しい形「ノビシロハウス」

必ず通る共用サロン

建物は高齢者施設で、2階は若者のアパートです。

こちらも、2階に住む若者は家賃が安く住むことができ、2階の若者が外出する時は、必ず1階にある高齢者の共用サロンを通らなければ外に出ることはできません。

このことにより、高齢者と若者の交流が生まれ、そこで「いってらっしゃい」とか「おかえり」といった会話が生まれます。

このようないろいろな世代間の人が、高齢者とともに一緒に住むことで、思いやりや助け合いの精神が身についてきます。

高齢者ができない力仕事や、高齢者が不得意なスマホの操作は若い人が手伝い、人生相談などは高齢者がアドバイスするといった、助けたり助けられたりという交流ができるのです。

参照: かつて、私の理想を体現した『ぼちぼち長屋』という場所が、ゴジカラ村の中にある「愛知たいようの杜」の施設としてありました。

残念ながら今はないようですが、若者と高齢者などが一緒に住むという、私にとっては理想でした。一階には施設が運営する居酒屋があったりして、住人同士がお酒も飲めるといった、社会そのものでした。高齢者をまとめて管理するのではなく、尊厳を持たせながら自立して生きるという、私にとっては理想的な施設と思っていたのですが、詳しくはわからないのですが、運営上の問題や人手の問題、資金の問題などいろいろな課題があって、続かなかったようです。

私としては、あの幻の長屋の夢は憧れとして、今でもあったらいいと思っています。

高齢者が生きるとは

高齢者は、ただ世話をされるだけの存在ではなく、社会の中で生きるということが健康寿命を延ばすということになります。

「おじいちゃん、これ教えて」とかといった頼りにされたり、「若いもんには負けんよ」と刺激をもらったりすることが元気のもとなのです。

このように、誰かと関わりながら生きることが、高齢者にとっても刺激的に生きることになります。

若い人になんでもやってもらうということだけであったなら、ただ生きているだけになってしまうからです。

誰かと関わりながら生きたい

高齢者にとって大切なのは、長く生きることだけではなく、いつまでも自分らしく生きたいのです。

それには、できる限り自分のことは自分でしたいという気持ちがあります。

日本は超高齢社会であり、介護問題も切実です。

安全で便利な施設も必要ですが、私のように、まだまだ若い人とも話したいし、社会と関わりたいという高齢者も多いはずです。

今の自分に何ができるかということを考えたら、いつまでも元気で、ただ生かされているだけでなく、自分の尊厳を守りながらみんなで仲良く生きたいものです。

身体が不自由になったら、誰かの世話にならなければならないかもしれないのですが、高齢者がいつまでも健康で生きるためには、社会と同じように共生した生き方が大事であると思います。

私は、高齢者だけで静かに暮らすよりも、泣いたり笑ったり、たまには賑やかすぎるくらいの多世代の中で、自分の役割を感じながら暮らしていきたいと思っています。