私のようなシニア世代にとって、老後をどのように過ごすかは切実なテーマです。
健康、お金、人間関係など、ふとした瞬間に不安がよぎることがあります。
「もっと穏やかに、心豊かに暮らしたい」
そう願っていても、日々の心配事はなかなか尽きないものです。
しかし、ほんの少しの心構えと生活の工夫で、老後は驚くほど安らかなものに変わります。
今回は、老子や論語の知恵を借りながら、老後を心豊かに、そして安心して過ごすためのヒントを考えてみることにします。
目次
幸せの鍵は「足るを知る」
老後を穏やかに生きるための土台となる考え方があります。
それは老子の言葉にある「知足者富(足るを知る者は富む)」です。
これは、「満足することを知っている人こそ、本当に豊かな人である」という意味です。
物質的な豊かさよりも、「今の生活で十分幸せだ」と思える心の余裕こそが、本当の幸福であるということです。
他人と比較しないという決意
穏やかな心で生きる大敵は「見栄」と「比較」です。
誰かと比較したり、自分の収入以上の生活をしたりするという生き方考え方は見栄でしかありません。
あの人はあんなに裕福なのにと、他人と比べるのではなく、自分は自分であるという考えを守ることが大切です。
シンプルで小さな暮らしを愛する
物をたくさん持つことが豊かさではありません。
むしろ、物を減らすことで心に余白が生まれます。
小さく暮らすことは、我慢することではありません。
本当に必要なものだけに囲まれて、自然と共に丁寧に暮らすという生き方こそ幸せを呼び込むことになります。
- 断捨離の効果: 身の回りをスッキリさせると、不思議と心も軽くなり、精神的な安定につながります。
- 食のシンプル化: 加工食品を控え、旬の食材を味わう。これだけで体調管理が楽になります。
- 日常の小さな贅沢: 朝のコーヒーの香り、好きな音楽、窓から入る風。
すべてのことに対して、あるがまままに受け入れて感謝を忘れない心が、ゆとりある生き方にあるのです。
「人間万事塞翁が馬」の精神
人生には良いことも悪いことも起こります。
どんな時においても、「一喜一憂しない」ことが心の平穏を守ります。
この古いことわざは、「幸福がいつ不幸に転じるか、また不幸がいつ幸福に変わるかは誰にも分からない」という人生の不思議さを教えています。
私たちはつい、目の前の悪い出来事だけに注目して落ち込んでしまいがちです。
しかし、長い人生経験していると、あの時の苦労があったからこそ、今の幸せがあると感じることがあります。
幸運と不運は表裏一体であるので、悪い出来事でも、それを良いきっかけに変えることができるということです。
私のようなシニアになってみると、大切なのは起きた出来事に一喜一憂するのではなく、これもきっと何かの意味があると広い視野で捉え直す柔軟性が身についてきます。
- 病気や怪我をした時: 「不運だ」と嘆くのではなく、それを機に生活習慣を見直し、以前より健康意識が高まるきっかけにすることができます。
- 退職や別れがあった時: 喪失感に浸るだけでなく、新しい趣味や第二のキャリア、新たな友人と出会うためのスタートラインと捉えることで勇気が出てきます。
このように、一見するとネガティブな出来事も、捉え方ひとつで自分を成長させる糧として、新たなことへの挑戦として飛び立つことができるということです。
幸せは「捉え方」で決まる
人生の豊かさは、起きる出来事そのものではなく、それをどう受け止めるかで決まります。
「人間万事塞翁が馬」の精神は、あらゆる変化を前向きに受け入れることで心は常に安定するということを教えてくれています。
さらに、心に余裕が生まれると、今まで気にも留めなかった道端の小さな花や、朝の陽射しの中で飲むコーヒーの美味しさなど、日常の些細な瞬間にある、本当の幸せに気づくことができるようになるはずです。
何が起きてもこれでよかったと思える、そんなしなやかな心こそが、穏やかな老後を支える一番の財産となるのです。
山のようにどっしりと生きる
論語の言葉に「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」 という言葉があります。
このことは、知恵のある人は水のように変化を楽しみ、徳のある人は山のようにどっしりと構えて人生を楽しむという意味です。
若い頃は変化を求めて「水」のように生きてきたかもしれません。
しかし、老後は「山」のように、何事にも動じず、ありのままの自然や運命を受け入れる生き方が大事であるということです。
先のことを心配しすぎず、過ぎたことを悔やまず、今ある幸せを噛みしめながら、穏やかな日々を楽しむことが老後の生き方なのです。
健康は穏やかな毎日を生きるためのもの
当たり前のことですが、健康はすべての基本です。
ストイックになりすぎる必要はありませんが、以下の4つのバランスを意識することが大事です。
- 運動: ウォーキングやストレッチで、「動ける体」を維持する。
- 食事:暴飲暴食は避け、 栄養バランスを考え、美味しく食べる。
- 睡眠: 心身の回復のために、質の良い眠りをとる。
- 定期検診: 自分の体の状態を正しく知っておく。
健康を大切にすることは、自分自身を大切にすることと同じだからです。
経済的な不安を見える化する
老後のお金が足りるか心配という漠然とした不安が、一番のストレスになります。
まずは、年金と貯蓄、そして支出のバランスを一度しっかり見直してみましょう。
- 固定費の削減: 通信費や保険を見直す。
- 健康投資: 健康でいることが、結果的に医療費の節約になります。
- 小さな仕事: 無理のない範囲で働き、社会とつながりながら収入を得るのも一つの手です。
これだけで生活できるというラインが見えれば、心に大きなゆとりが生まれます。
新しい生きがいを見つける
仕事や子育てが一段落した後の「空白」を、ワクワクする時間に変えることが老後の余白の生き方です。
- 学び直し: 歴史、語学、楽器など、昔やりたかったことに挑戦する。
- 趣味の深掘り: ガーデニングや絵画など、没頭できる時間を持つ。
- 社会貢献: ボランティアなどで「誰かの役に立つ」喜びを感じる。
生きがいとは、大きな目標である必要はありません。
自分が何かをやりたいと感じる楽しみがあるだけで、老後は楽しみとして輝き出します。
何かに挑戦するという時間は、シニアとなって余白のある時間ができることから、その時間を有効に使うことで元気が湧いてきます。
心地よい人との付き合い
吉田兼好は『徒然草』の中で、ただ時間を浪費するだけの、中身のない付き合いを厳しく戒めています。
心地よい人間関係だけを残すことは大切なことで、老後は社会的なつながりが減りがちになり、孤独を感じやすくなることから、人との交流は無理しない中で自分らしく生きることが求められています。
老後の余白の時間
仕事や子育ての期間は、どうしても苦手な人ともうまくやるという、社会的な役割が求められていました。
しかし、老後はその義務からようやく解放された自由な時間です。
それなのに、また自分から新しいしがらみや上下関係、面倒な人間関係を作る必要はありません。
付き合うことを選ぶことは、老後を穏やかに生きることができる特権なのです。
自由な人付き合い
60代、70代となれば、人生の残りの時間は無限ではありません。
本当に大切にすべきは、自分が心から笑顔になれる人との付き合いです。
義理や見栄など、何となくの付き合いで貴重な時間を浪費するのは、自分の命の時間を粗末にすることと同じです。
自分勝手な頑なな態度は世間を狭くすることから、すべてに無理をしないという考えの中で、自分らしく生きるということが大事なことになるのです。
老後を穏やかに生きるために
ここまで、先人の知恵を借りながら、老後を穏やかに過ごすためのヒントを考えてきました。
「足るを知る」ことで、今の現状に感謝する。
「塞翁が馬」の考え方で、出来事に一喜一憂せず、ありのままを受け入れる。
そして、「仁者」のように山のごとくどっしりと構えることで、動じない心を身につける。
これらに共通しているのは、幸せの尺度は、外側の世界ではなく、自分の心の中にあるということです。
世間体というしがらみ
私たちは長年、社会の評価や他人の目、あるいはこうあるべきという常識に縛られて生きてきました。
それはすべて外聞など外側の景色です。
しかし、老後という時間はそれらから解放され、本当の意味で自分自身に戻るための余白な時間なのかもしれません。
不安や心配事は、生きている限りゼロにはなりません。
何事にも悔やんだり過度の期待をしても、心はすさむばかりです。
シニアにとって 私たちにできることは、目の前にある小さな幸せを大切に味わうことです。
道端の花に足を止め、朝のコーヒーをゆっくりと味わい、今日という一日を丁寧に生きることこそ、老後の幸せな生き方なような気がします。