高齢者とニュータウン衰退後の街づくり

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日本の高度成長期は、経済の急速な拡大と共に都市開発が進み、都市部の人口増加が問題となりました。

1960年代から1970年代にかけて、都市部の過密化に対応するために、政府は郊外に新たな住宅地域を計画し、都市部のベットタウンとしてニュータウン計画が全国に広がりました。

これらのニュータウンは、広々とした住空間、緑豊かな環境、そして現代的な生活設備を提供することで、多くの家族にとって理想的な住まいとなり、人々は夢を抱いて新しい街へと移り住んだのです。

しかし、それから半世紀が経過した現在、これらのニュータウンは大きく変貌を遂げています。

かつて子どもたちの声で賑わっていた街並みは、今では静けさに包まれ、高齢化が進む中で新たな課題に直面しています。

50年経って当時の若い世代が高齢者となり、その家族の子供たちは、ニュータウンから離れて都心や他の地域へと移り住んだ結果、ニータウンの人口は減少し地域の活力も失われてきました。

高齢者の増加は社会支援体制にも影響を及ぼしていて、多くの高齢者は年金などの固定収入に依存しており、生活費の増加や医療費の負担増大に伴い、生活困窮に陥るケースも少なくありません。

特に、過去には便利だった公共交通機関の減少や、近隣の商業施設の閉店などが生活の不便さを増しており、日々の生活がより困難になっています。

また、高齢化に伴い、地域コミュニティの維持も難しくなっており、孤立感や社会的な支援の欠如が深刻な問題となっています。

これらの問題は、単に個々のニュータウンに留まらず、高齢化が進む日本社会全体の縮図とも言える状況になっています。

かつては夢と活力に満ちたニュータウンが、今や高齢化と生活困窮の象徴となりつつあるのです。

この状況は、持続可能な社会を目指す上で、私たち全員が直面する課題であり、共に考え、解決策を探していく必要がある重要なテーマになりつつあるのです。

変わりゆくニュータウン

ニュータウンの建設は、日本の高度成長期における重要な都市計画プロジェクトの一つでした。

このプロジェクトの主要な目的は、急激に増加する人口と都市部の過密化に対応するための新しい住宅地域を提供することにありました。

政府は、住民に快適で現代的な生活環境を提供するために、郊外の広大な土地を利用してこれらのニュータウンを建設しました。

ニュータウンの特徴は、計画的な都市設計にあります。

広々とした住宅地や緑地や公園、商業施設、学校、病院などの公共施設が組み込まれ、住民の日々の生活に必要なものが一つのコミュニティ内で提供されるように設計されました。

また、交通の便も考慮され、公共交通機関へのアクセスや、車での移動が容易な道路網が整備されました。

初期の繁栄期には、これらのニュータウンは多くの人々にとって理想的な住まいの地となったのです。

新しい住宅、豊かな自然環境、そして充実した都市機能が、快適な生活スタイルを約束しました。

特に、多摩ニュータウンや千里ニュータウンなどの大規模なプロジェクトは、その成功例としてしばしば理想的な未来都市として引き合いに出されます。

これらのニュータウンは、東京や大阪といった大都市圏に近く、都市の利便性と郊外の快適さを融合させた生活空間として多くの住民に受け入れられたのです。

しかし、時が経つにつれて、これらのニュータウンも変化を遂げました。一度は活況を呈したこれらの地域は、人口の高齢化、若年層の都心への回帰、公共施設の老朽化などにより、次第にその活力を失ってきました。

団地にとって二世代で住むには狭すぎることから、ニュータウンで生まれた子供たちは、その地域を離れてもっと郊外に家を建てるか、都市開発で高層化された都心の高層住宅に住むという、住まいに対する考え方が変わってきたのです。

したがって、かつて子どもたちの声が響き渡っていた公園は静かになり、街の雰囲気は大きく変わりました。

これは日本全国の多くのニュータウンで共通する問題であり、かつての繁栄から現在に至るまでの変遷は、日本の社会変化を映し出すものとなっています。

住みづらいニュータウン

ニュータウンはもともと若い家族を中心に人口が構成されていましたが、時間の経過とともにこれらの住民が高齢化し、その子どもたちは都心や他の地域へ移り住んでしまいました。

これにより、高齢者が多くを占める地域になり、若い世代のエネルギーと活力が失われました。

多くの公共施設や商業施設は古くなり、団地内にあった商店やレストラン、医療施設などが閉鎖され、地域住民は日常生活に必要なサービスを得るために、バスなどに乗って近くの街に買い物に行かなければならなくなりました。

さらに、郊外の丘陵地を切り崩して造られた街だったために、坂や階段が多く、5階建ての団地にはエレベーターなどもないことから、高齢者にとっては家から買い物に行くにしても不便で、高齢者には住みにくい所となってしまったのです。

また、人が減ったことから学校なども統廃合され、それに伴い若い人が空き家になった団地に新たに移り住むということはなくなったのです。

その結果、最寄りの駅までつないでいたバスの便数が減ったり、一部の路線が廃止されたりすることがあり、これにより地域のアクセスの便利さが失くなってきたのです。

これらの要因が複合的に絡み合い、現代のニュータウンはかつての輝きを失い、住みづらい地域に変化してしまっています。

それにより、今でも住んでいる高齢者の孤立化、公共サービスの不足、インフラの老朽化といったこれらの課題は、今後の都市計画や社会政策において重要な問題となっているのです。

再生と未来への展望

データーによると、東京に近い多摩ニュータウンの高齢化率を考えてみると、令和5年現在、多摩地域での高齢化率は32.3%となっており、東京都全体の高齢化率22%に比較しても高齢者の占める割合が多いということになります。

そこで政府は、若い人を呼び込んで活力を取り戻すために、住環境の整備を目的に建て替え工事を進められています。

古い団地を取り壊して、現代的で快適な住宅の提供と、コミュニティの活性化を目的に、若者のライフスタイルに合った住みやすい洗練された設備を備えたマンションに建て替える工事に取り組んでいます。

エレベーター付きの中層階マンションに、元々この辺りに住んでいた人たちを住まわせる代わりに、上の階には分譲として売り出すことで建設費を捻出しています。

一階には共有のレクリエーションエリアとして、高齢者施設や幼稚園などを作り、世代間の共存を促進する設計がなされています。

中層の建物になって余って広くなった敷地には、便利なオフィススペースなども造られ、住居だけではない新たなニュータウン作りを考えています。

住居だけに偏ってしまうと時代の変化に付いていけないことから、商業施設や公共施設の再開発も同時に進めて、ショッピングセンターやレストラン、カフェ、文化施設などが新たに設けられることで、地域住民にとってコミュニティの活性化とともに、魅力的な地域として開発しようと考えています。

今までのニュータウン開発の失敗は、住居だけに特化した街づくりであったために、衰退してきたことから、若者を含む多様な世代にとって魅力的な住みやすい街へと変貌を遂げることが期待されています。

ニュータウンの新たな問題

高齢者が増えてしまった街から、古くなって住み辛くなってしまった団地を建て替えることで、若い世代を引き寄せる街づくりが、ニュータウンの衰退を防ぐことになるのですが、その一方で、これに伴う家賃や固定費の上昇は、低所得の高齢者にとっては大きな負担となります。

特に、年金生活者にとっては、家賃の上昇は生活の基盤そのものを脅かす問題になるのです。

このような状況を踏まえて高齢者が安心して住める街づくりは、いくつかの問題をクリアしなければならないのです。

つまり、高齢者向けの住宅を確保し、家賃が手頃な範囲内に収まるようにすることが不可欠なのです。

公営住宅や低所得者向けの住宅プロジェクトの拡大がこの点で重要な鍵となります。

また、高齢者に対する補助金なども検討されるべきで、これにより、家賃の増加による影響を最小限に抑え、今いる高齢者が安心して生活できる環境を提供することも大事なことです。

高齢者や低所得者をフルイにかけてしまうのではなく、いろいろな人が住める街を作ることが重要なのです。

エレベーター付きでバリアフリーな家は、高齢者にとってありがたいものですが、家賃の問題を考えると大きく広い部屋は必要ないかもしれません。

高齢者の一人暮らしにおいては、それよりもワンルームでも家賃の安い方がいいのです。

そして、高齢者が地域コミュニティの中で活動的に参加し、支えられる体制を整えられるような、健康サービスやレクリエーション活動、地域交流の場の提供などがあることで、みんなと一体になった住環境を整えてほしいのです。

そのことで、地域の住民同士が支え合い、世代間の交流が促進されることで、高齢者も社会から孤立することなく、充実した日々を過ごせるようになります。

住人である高齢者にとって、若い世代などいろいろな人がいて集まったまちづくりは大賛成なのですが、街の再開発には、単に物理的な環境の改善だけでなく、地域住民全体の生活の質を高めるための街づくりと整備が求められています。

高齢者が安心して生活できる街づくりは、単に住宅問題の解決に留まらず、包括的なコミュニティのサポートと活性化を目指すことで、世代間を超えた住みやすい安心した暮らしが確保できるのです。